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第14話

「お前……最低っ!」  そう言うと、優弥は保健室を飛び出した。  後ろで千歳が何かを言っていたが、今は何も聞きたくない。 「はぁっ、はぁっ」  優弥は振り返りもせずに全力で校内を走って、生徒会室へと向かった。  途中で他の生徒に会わなかったのは、運が良かったといえるかもしれない。  そして、室内に入ると鍵をかけて、優弥はそのまま扉に背中を預ける。  どこをどう通って来たかなんて覚えていない。  気がついたら足がここへと向かっていたのだ。 「はぁっ……はぁ……」  走ったせいで乱れた呼吸が落ち着いていくにつれて、優弥の視界がだんだんとぼやけていく。  あそこで千歳を叩いたのは……涙を見せてしまったのは失敗だった。  あれは怒るところでも、泣くところでもない。  自分達の間に愛はなくて、身体だけの関係なんだからあれで傷ついた素振りを見せるのは卑怯だった。 (だけど、俺は……高瀬のことが……) 「……好き……大好き」  今まで一度だって本人に伝えなかった言葉が優弥の口から零れた。  優弥はこの言葉を千歳に言ったことがないし、当然、千歳からも一度も言われたことはない。  あれだけ何度も抱き合ったのに、一度だって二人の間に「好き」という言葉は出てこなかった。 「当然か……」 (高瀬が俺を抱いていたのは、愛情じゃない。結局、他のやつと同じだったんだ)  生徒会長で家がお金持ちというのに惹かれて抱いてくれと言う女もいれば、母親譲りの優弥の容姿を気に入って抱かせろと言ってきた男も今までたくさんいた。  そんな彼らとは千歳は違うと、優弥は思っていたのに……。 「……お前だけ……」  次から次へと涙が溢れてくる。  優弥はそれを拭うことすら出来なかった。  千歳を叩いた右手が痛むが、きっと千歳はもっと痛かったはずだ。  思いっきり叩いてしまった。 『俺だけの相手してるわけじゃないんだしさ』  最初、何を言われたのか理解出来なかった。  頭の中が真っ白になって……気がついたら優弥は千歳の顔を叩いていた。 「……うっ……」  涙と一緒に、止められない嗚咽が漏れる。  身体から力が抜けて、優弥は扉に寄りかかったまま、その場に崩れ落ちた。 「……高瀬」 (俺が誰とでも簡単に寝ると思ってたの? 俺なら簡単に身体を許すから、俺を抱いてたの?)  自分達の間に愛がないことよりも、自分が誰とでも関係を持つような人間だと千歳に思われていたことが優弥にとっては辛かった。 (俺には、最初からお前しかいなかったのに。最初から、心も身体もお前だけのものだったのに……) 「……くっ、うっ!」  その後、嗚咽を抑えることが出来なくなった優弥は声に出して泣いた。  ここが学校だとか、いい年した男が……なんて、考える余裕は今の優弥にはない。  ただただ、胸が苦しくて……。 『好き』  その一言を自分が素直に言っていたら、何かが変わっていたのだろうか?  そう後悔したところで、今さら元には戻れない……。      ◆     ◆     ◆

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