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第20話

 次の日の朝、和彦の予想通り、優弥は朝会で生徒会長として壇上に立っていた。  いつも通りに気丈に振る舞っている優弥のようだが、その手首には亮太のリストバンドがついているし、どこか元気がないようにも思える。  やっぱり、昨日のことを僅かながら、気にしているのだろう。  千歳は今日こそ、優弥を家まで送るつもりでいた。  そうでもしなければ、優弥とちゃんと話す時間がないことに気づいたからだ。  クラスが違う自分達が話せるとしたら昼休みか放課後だが、午後の授業があったり迎えの車が来たりで、話せる時間は限られてしまう。  ゆっくり話すには一緒に下校して、放課後以降の時間をもらうしかない。  優弥に帰りの迎えを断らせるとなると、それを伝えるチャンスは朝しかないだろう。  朝会が終わり、みんなが体育館から教室へと向かう中、千歳は途中にある渡り廊下から少し静かな中庭へとでた。  スマートフォンを取り出し、電話帳から優弥の名前を探す。 『深海優弥』  その名前で表示された電話番号もメールアドレスも、正直に言うとあまり見覚えがなかった。  クラスが同じになった時に知った優弥の連絡先だったが、いつもメールは優弥からエッチをする場所だけが送られてきて、千歳が返信をすることもなければ、お互いに電話で話すことなんて一度もなかった。  初めて電話を、しかも自分から連絡をするのかと思うと、柄にもなく緊張して発信ボタンがなかなか押せない。  しかも……、 (昨日、勝手に『優弥』って名前で呼んじゃったんだよなぁ……)  そう思って千歳はため息を吐いた。  昨日のあの後、和彦達に指摘されて優弥のことを名前で呼んでいたことに気づいた千歳は、悩んでいた。  あの時は、必死だったからつい呼んでしまったが、冷静になった今も、名前で呼んでいいものか迷う。 (でも、今さら『深海』って戻すのもなぁ……優弥本人にも名前で呼んだの聞かれてるし)  そんなことまで考えて悩んでいる間にも、朝の時間はどんどん過ぎていく。  このチャンスを逃したら、優弥はいつも通り車で家へと帰ってしまう。 (覚悟決めたんだろ、俺!)  時間が経てば経つほど、きっと優弥と話しづらくなるに決まっている。  千歳は大きく深呼吸をすると、スマートフォンを持ち直して姿勢を正す。  呼び方なんて、相手が出たらその場でどうとでもなるはずだ。 (よし!)  そして、覚悟を決めて発信ボタンを押してから耳を当てる。  呼び出し音が一回、二回と聞こえるが、いつもと違うような感じがするから不思議だ。  数回鳴っても、優弥は出ない。 (気づかないのかな)  残念な気持ちと、ちょっとホッとした気持ちで呼び出しを切ろうと耳から離した時だった。 『……もしもし』  電話の向こうから、僅かに声が聞こえて、千歳は慌ててスマートフォンを耳へと戻した。 「あっ、もしもし! 俺、高瀬だけど、優弥か?」 「……そうだけど」 (……結局、また勢いで名前で呼んじゃったよ)  こうなったら、開き直るしかないだろう。 「……あの、さ。優弥、今日も迎えの車来るんだろ?」  改めて意識して名前を呼ぶとなんだか緊張する。  その緊張を悟られないように、不自然にならずに呼んだつもりだったが、やっぱり不自然さが残るようだ。  千歳の緊張が優弥にも伝わってしまったのか、電話越しに聞こえる優弥の声もなんだかぎこちなかった。 『ああ』 「その迎え、断ることって出来ないか? 俺、優弥に話したいことがあるんだ。放課後、時間が欲しい」 『……』  優弥からの返事が返ってくるまでが、とても長く感じる。 『わかった』 「じゃあ、放課後正門の所で待ってるから!」  返事が返ってきた途端、千歳は優弥の気が変わらないうちに……と、慌ててそれだけ言って通話を切ってしまった。 「はぁ~、情けない……」  千歳は一仕事終えた安堵からか、その場にしゃがみ込んでしまった。  あまりに余裕のない自分にため息が出てくる。  好きな相手に電話するくらい、今時の小学生だってこんなに緊張しないだろう。  そもそも、電話をかけるだけでこんなにドキドキした相手は、優弥以外に思いつかない。  一時とは言え、来る者拒まずな生活を送っていたとは思えない変貌ぶりだ。  今頃になって、初恋が再来するとは思ってもみなかった。  とにかく、優弥に帰りの約束は取り付けた。全ては、放課後にかかっている。  スマートフォンを持っていた手がいつの間にか汗ばんでいたことに気づいた千歳は、それを制服でとりあえず拭く。 「よし!」  そして、気合いを入れ直すと教室へと戻ることにした。

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