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那須
『見た目に反して不器用なんだね』
それが始まり。
3時限目が終わる頃に登校してきた那須に初めて声を掛けた。
校内でも有名なヤンキー。
『ヤンキー』って変な言葉。
つまりただの悪餓鬼。
授業のない間に昼飯を買っておこうと寄った購買で、その悪餓鬼と出会った。
名前と姿は知っていた。
目が合えば殺られるとか、付き合えば孕まされるとか、スレ違ったら財布盗まれてるとか。
まぁよくそれほどのネタを撒いてこれたよね、と逆に誉めてやりたくなるような噂の持ち主。
明るい栗色の髪はさらさらと揺れ、確かにキツい目付き、通った鼻筋に薄い唇。
綺麗な顔だけど、冷たそうな印象をもたせる。
笑えば案外可愛いんじゃないかな?
男だけど。
購買の横にある自販機の前にしゃがみこむ彼を見つめてそう思った。
『···んだよ、ジロジロ見てんじゃねぇ』
ギロッと睨み付けてくる那須に肩をすくめて見せる。
『一応先生だからね。生徒がしゃがんで困ってたら気になるでしょ。』
那須の手元を指差しながらそう言えば、『あ"あ"?』と余計に睨まれた。
喧嘩でもしたのか、カットバンだらけの指が握っているのはカップ麺。
それを覆う薄く透明なフィルムが剥がせないのか、カリカリと深爪で引っ掻いていて。
『見た目に反して不器用なんだね。』
猫がドアを引っ掻くような仕草にクスッと笑ってしまった。
『うっせぇな。こんなもん、適当にこうやってれば剥けんだよ。』
···へぇ。
無視するかと思ったけど。
意外にもちゃんと返事をしてきた那須に、少しだけ驚かされる。
そうして隣にしゃがむと『かして』と手を差し出した。
『あ"ぁ?』
『すぐにそうやって牽制するんじゃないよ、餓鬼。良いから貸して』
睨む那須からヒョイッとカップ麺を奪う。
そうしてそれを引っくり返すと、後ろに貼ってあったシールを指差す。
『これ、使えば簡単なんだよ』
シールを指先で摘まみ、勢いよくピッと引っ張って見せる。
シールに付いて透明フィルムが破れるのを、那須は『おぉ···』と感心したように見つめていた。
『はい、これで次からは自分で開けられるな』
手渡しながら笑えば『どーも』と小さなお礼が聞こえてきて、また驚かされる。
立ち上がり見下ろした那須は『知らんかった···』とブツブツとぼやいていて、その姿は普通にどこにでもいる男子生徒にしか見えない。
これのどこが怖いのかねぇ。
担任も学科の教師も、触らぬ神になんとやら···みたいな態度で那須を敬遠していて。
早く卒業すれば良い、と口を揃えて言っていた。
犬、みたいだけどな。
さらさらと揺れる髪が、うちで飼ってるゴールデンレトリバーと似ていて。
まぁ、
あくまで似てるだけだけど。
可愛いからなぁ、うちのネオ。
あれほどのキューティクルな毛並みはそうそうないよ。
那須の髪が綺麗でもあれには敵わない···
『············』
『んだよ、触んなよ!!』
無意識に伸ばしていた手が那須の頭を撫でていたらしい。
睨みながら手を振り払われ、プッと吹き出してしまった。
『ごめんごめん、犬と間違えた。』
『あ"あ"?ざっけんな!』
立ち上がりネクタイを掴んでくるのを『どうどう』と落ち着かせる。
『だから悪かったって。ケンカはダメダメ。僕、めっちゃ弱いから。』
『·············』
犬で例えるなら歯を剥き出してグルルルル···と唸っているのだろうな。
そんな風に思うと、威嚇してくるこの姿も案外可愛い。
自分の中で、那須=犬が定着しだして可笑しくなる。
が、今ここで笑えば殴られることは確実だから隠すけど。
『ほら、ラーメン食べるんだろ?俺も飯買いたいし、離せって』
ゆっくりとネクタイを掴む手を押し、身体を離す。
『············』
『すぐにそうやってケンカ吹っ掛けてたら疲れるだろうに。変なヤツだね、お前。』
ネクタイを直しながら呟けば『チッ』と舌打ちが聞こえてきた。
授業時間終了を知らせるチャイムが鳴る。
何も言わずに校舎へと向かう那須を見送り、僕も購買へと足を向けた。
あの日から、僕と那須は繋がった。
時には激しい喧嘩を止めに入った。
裏庭で昼寝している君に毛布も貸してやった。
他の教員に食って掛かる君を叱りもした。
やっぱり、カップ麺を開けるのが下手くそな君に代わってフィルムを剥がしてあげた。
『これ、あんたが飼ってる犬?』
休日、散歩していて偶然出会った僕に、ぶっきらぼうにそう言った君。
『そ、可愛いだろ~』
デレデレと自慢する僕に『あんたのが餓鬼みてぇ。』と笑われた。
その笑った顔が年相応に見えて。
誰も居ない3年校舎を歩く。
カツン、カツン、と響く足音がやけに大きく聞こえた。
目指した教室の扉を開けば、そこにはゴールデンレトリバーみたいな毛並みの手の掛かる生徒。
「·········」
何も言わずに腕を伸ばしてきた那須を、甘やかすように抱き締めてやる。
「卒業おめでとう。これで僕の手を離れるね、君は。」
「···········」
「僕も異動だし顔見なくて済むからスッキリでしょ」
「···········」
「で、そろそろ離れよっか?」
抱きつき離れようとしないその背中を軽く叩く。
最後まで手のかかる子。
明日からは一人の男として会えるってことに気づけば、
その涙も止まるだろうに。
僕はね、
出会ったあの日から君のことが可愛くて仕方なかったんだよ···那須
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