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教師

「いらっしゃいませ」 何度目か分からない来店客を迎える店員の声。 腕時計を確認して小さくため息を吐いた。 何やってんだ、俺。 かれこれ一時間半。 コンビニのイートインを陣取って外を睨んでいる。 もしかしたら通るかもしれない。 休日にこのコンビニ近くで犬の散歩をしているアイツと偶然あった。 あの日と同じ時間帯、同じ道。 確率としては悪くないハズだ。 ···通らないかも知れないけど。 てか、こんだけここにいて通らないんだから、別に散歩コースってわけじゃないのかもしれない。 そこまで考えて冷めきったウーロン茶を一気に飲み干した。 アホらしい。 何やってんだろ、俺。 『卒業おめでとう。これで僕の手を離れるね、君は』 卒業式の日、別に待ち合わせていないのに現れた先公。 別に卒業することに感動した訳じゃない。 思い出が甦って寂しかったのでもない。 なのに微笑むアイツを見たら喉がグッと苦しくなった。 どちらかというとさっさと卒業したかった。 素行が悪いと教師達からは目の敵にされていたし、数人のダチ以外は俺のことを怖がるか、ケンカを吹っ掛けてくるかだったし。 一人で居る時間が楽だった。 くそつまんねぇ授業をサボって、ボーッと過ごすのが好きだった。 なのに、あの変なヤツが現れた。 『犬と間違えた』 初めて他人から頭を撫でられてカッとした俺に笑ってそう言った。 それから、何かと関わってくる変な教師。 柔らかく笑ったかと思えば、次の日には厳しく叱責された。 裏庭でサボっていれば『風邪引いて休むより良いでしょ』と毛布を投げて寄越した。 『······普通授業に出ろって言うだろ』 思わぬ行動に呆気にとられていれば 『そう?ま、気が向いたら出なよ。案外真面目に受けたら面白いよ、授業も』 カラカラと笑いながらその場を去っていった。 熱血な訳でも、かといって放任な訳でもない。 独特の雰囲気。 いつも笑顔で、他の生徒からはアダ名なんかつけられてて、自然と生徒に囲まれている。 苦手だと思った。 関わってくるのがウザいと思った。 なのに、気付けばどっかにいるんじゃないかと探している自分がいて。 声が聴こえたら無意識に視線を向けてしまっていた。 そんな自分が信じられなくて、バカみたいで。 わざと突っぱねては悪態を吐いた。 その度に『どうどう』と言われたけど···てか、動物扱いかよ。 それでもそんな扱いも気分は悪くなくて··· 何だかんだギリギリ卒業できたあの日、何となく教室に残ってボーッとしていた。 来るような気がした。 待ち合わせてはいないけど、あの教師のことだから現れる気がしていた。 人気の無くなった3年校舎。 廊下の向こうから聞こえてくる足音に、ほらな、と笑った。 笑ったつもりだった。 けど···扉を開いたアイツを見たとたん、これが最後なんだという気持ちが一気に押し寄せた。 「女かよ。」 情けなくも泣いてしまった自分。 ポンポンと背中を叩く大きな手と、初めて感じたアイツの温度。 それがますます目頭を熱くした。 女々しい態度だった自分、今なら殴ってやりたくなる。 「···バカらしい、帰ろ」 ゴミを握り潰し椅子から立ち上がる。 ここであの教師が通るのを待って、どうしようってのか。 自分でも分からない。 伝えたい事がある訳じゃない。 昭和の漫画じゃあるまいし、お礼参りがしたい訳でもない。 ただ、何となく··· 「いらっしゃいませ」 新たに来客を告げる店員の声を聞きながら、ゴミ箱にペットボトルを突っ込む。 そうして出口に向かおうと振り返ったその先には 「あれ?那須だ」 休日のくせにスーツを着こなした教師が立っていた。

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