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暎尚

「あれ?那須だ」 目の前に急に現れた先公にグッと息が詰まった。 散歩で歩いているところを偶然を装って捕まえようと思っていたのに。 こんなの、、、予定と違う。 「なに、何か付いてる?」 動揺して思わずガン見していれば、自分の顔を擦った。 「······よう」 やっと絞り出した一言は素っ気ないもので、自分でも呆れてしまう。 でも何も他に言葉が見つからなかった。 「帰るところかな?」 「·····ん」 「そっか、もう暗いから気を付けなよ。」 ニコニコとそんなことを言うコイツにプッと笑いが溢れた。 「ガキじゃねぇよ」 「まぁね、那須なら襲われても返り討ちにするだろうけど。」 ケラケラと笑うその様子に、突然のことに緊張していた体が解れていく。 「あんたは?なんでスーツ?」 「ん?ああ、これ?」 ボソッと尋ねれば自分のスーツに視線を落とす。 休日なのにスーツって。 犬の散歩はどうした、あのご自慢のデカイ犬の散歩は。 「休日でも学校行かないとね、異動決まったし。」 「············」 「仕事は山ほどあるのに時間が足りないよねぇ」 「············」 教師も大変なんだよ、とかなんとかため息混じりの言葉が頭をスルーする。 そうか、居なくなるのか。 この先公があの学校から。 そんなこと言ってたな、そういや··· 「············」 なんだ俺。 こいつが居なくなるからって、どうしてショック受けてんだ? 自分だって卒業してもうあの場所に行くことはないのに··· 「那須?どうしたの?」 「······なんでもねぇよ、じゃあな。」 自分の思考がよく分からない。 分からないけどモヤモヤする。 こういう時は考えないのが一番だ。 そう思って、さっさと出ていこうと脚を踏み出す。 現れるのを待っていたくせに。 いざ現れると、急に現実を見せられた。 もう本当に関わりのない人間になる。 俺にもこの教師にも全く違う場所が新たに待っていて、交われていた学校(とこ)には何も残らない。 それが『寂しい』なんて······ そんなことあるわけない 「那須、待って」 店を出たところで腕を掴まれた。 「んだよ!離せよ!」 カッとした感情のままに、咄嗟にその手を振り払う。 何となく顔が見れなくて。 またあの日のように情けないところを見せたくなくて、顔を背けた。 だから気付かなかった。 この先公がニッと笑ったことも、腕を伸ばしてきたことにも。 「ほんと···犬みたいなクセに、犬ほど素直じゃないんだから。」 「···!」 グシャグシャッと頭を撫でられる。 初めて会ったあの日のように···けれどもっと強い力で。 「ざけんな···!っ、」 睨み付け、荒げた言葉が失われた。 目の前には型の古そうなスマホ。 急に突きつけられたそれに、思わず体が半歩下がった。 「出して、携帯」 「は···?」 楽しそうな声とほらほらと振られる空の手。 「良いから、ほら」 「············」 今、この状況で携帯を出すなんて。 理由は一つしかない。 ここでこいつを無視して去ることだって出来る。 だけど··· 少しの躊躇いと、そして期待。 「ん、送るから。受信して。」 自分のスマホを操作するこいつの表情は嬉しそうで。 言われるがままに受け取った連絡先には、ご丁寧に住所まで登録してあった。 「あ、きたきた。那須の連絡先。」 「········送ったんだから当たり前だろ、バッカじゃねぇの」 画面から視線を外すことが出来ないまま呟く。 個人情報の固まり、それをアッサリと送られてきたことに拍子抜けしている。 なんだ、これ。 マジ意味わかんねぇ。 けど、喜んでいる自分が存在するのは事実で。 手元のスマホを見つめることで平静を装った。 てか、 『津田暎尚』 ·········読めねぇ。 「·······えいしょう?」 「うん、暎尚(あきなお)。バカだねぇ。」 「···生徒に言う台詞かよ、それが。」 ケラケラと笑うその声にムッとして顔を起こせば視線が絡んだ。 そこには楽しそうな、けれどどこか真剣な表情があって。 「これからはさ、そこにある名前で呼びなよ?『先公』でも『あんた』でもなく。」 「···は?」 穏やかな声で言われた言葉にポカンとしていれば、スマホをしまいながらニッと笑われた。 「だって、もう生徒じゃないからね。」 「···え?」 「楽しみだなぁ、なんて呼んでもらえるのか。」 「···は?」 「じゃあね、気を付けて」 そう言って、ヒラヒラと手を振りながらコンビニに入っていく後ろ姿を見送る。 なんだ、今の。 どういう意味···· 「っ、とビビった」 姿が見えなくなってからも思考が付いていかず金縛りのように動けないでいれば、手元のスマホがメール受信を告げた。 『津田より暎尚のが嬉しいよね』 「ざけんな!!ぜってぇ呼ぶか!!!」 書いてある内容に思わず叫ぶ。 ニヤニヤと楽しそうに笑っている顔が想像できて、それが悔しくて。 けれど さっきまで感じていたモヤモヤは、すっかり消えていたー。

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