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Romeo3
ラッシュアワーの渋滞。
歩ける距離になるまで我慢して、タクシーを降りた。一本の路地に入り、アパートの薄暗い階段を上る。気付いてしまったけど、このドアホンを鳴らしたことがない。思いながらもやっぱり、そのままドアを開けた。
部屋の中は暗かった。ブラインドも下ろされていて、街の明かりも薄っすらとしか入ってこない。
「永久?」
呼びかけて、気配を探す…ソファーだ。
うごめく黒い影と、ひそめるような息遣い。
ある予感がして、碧は壁際のスイッチではなく、作業台のライトを点ける。カチ、青白く浮かび上がった彼は、思った通りのことをしていた。ソファーの背に深くもたれ、肘掛けに縋りつくような姿勢で、右手で自分を急かしている。永久は瞑っていた目を薄く開けて、浅い息の間から笑った。
「待ってて…いま、いく、から」
定まらないトーンと、ジーンズの中から姿を現している彼を見て、理解する。うん、もうすぐ。碧にじっと見つめられながら、永久はごく小さな声とモーションで達してみせた。はぁ…こもったため息。ティッシュを引き抜いて、そこを拭う。
碧はソファーの空いたスペースに膝で割り込み、永久に抱きついた。彼を取り巻く空気が、少し温まってる。
「…ちゃんと、俺で、ぬいた?」
「他に誰が居んの」
永久は彼の行為の動機となった人間の背中を抱き返し、それから、その頬を撫でた。暖かい手のひらに触れられて、冷たい頬がじわり、となる。
「偶像崇拝者なんだ、俺は」
「…ん?」
いきなり、碧を戸惑わせるフレーズ。
永久はどこか悦に入ったように、ふふふ、低く笑った。
「言われたとおりにね。きみのことを、考えた。そうすると次第に…俺の宇宙はきみしか許さなくなって。どんどん縮んで、きみが唯一絶対の存在にまで高まった。今、俺はその存在を、崇拝してる」
永久の言葉が、碧の中にも宇宙を作る。深い深い、紫紺。
ワインのテイスティングのように、転がして、味わってから、碧は呟いた。
「なんか、すごく…」
「うん」
「すごく、響いてしまった」
嬉しそうに、永久が破顔する。
「響いたんだとしたら、俺がシンプルにきみのことだけ考えてるからだな」
寄せられる唇を、拒む理由はない。けれど碧にキスを仕掛けながらも、彼は宿題の評価を求めることを忘れなかった。
「最初からそうすべきだった。そうゆうことだろ?」
「そうゆうこと、です」
ちゅ。唇が重なる。
唇を吸い合いながら、永久の手が碧のベルトのバックルにかかる。その手に手を重ねて、金具の外し方をリードすれば、下着を潜り抜けて碧に触れてくる。碧も永久に触れ、
「あ…」
吐息が交差した。
永久の手はとても器用に動く。彼の首筋に額を押しつけて、それを甘受する。抱き合って触りながら、碧は永久の側面を伝い、根元、それからその後ろに指を這わせた。指先でくに、少し押せば、少し入る、場所。あ、あったかい。
「ん…」
鼻にかかったため息。もう少し進むと、永久の息遣いがふっと強まった。
「…碧、いれたいよね?」
碧の中指を1センチほど受け入れたまま、そう訊くから。
「欲望はあります…」
くに、さらに押す。
「ん…正直でよろしい。それが雄の本能だもんな。男との経験は、ある?」
「…ない」
「俺も。あ、役でも?」
「ないよ。あったとしても、参考になるかな…」
「いや。そこでウィ、だったら妬こうかと思って」
冗談だろうけど、思わず感じてしまった自分が真実だ。そこを握っている彼にも、わかってしまう現象。
「…でも、あなたが先に譲歩するの?」
「言い方わりーな。順番って、何か重要なの?」
「ううん、全然」
「じゃ、いいじゃん。おら、ベッド行きな」
わざと乱暴な口調と動作で、碧を押し返す。ぺた、くすぐったいくらいの弱さで碧の頬を叩いて笑うので、碧は頷いて、ソファーから降りた。ずり落ちていたジーンズを上げながら、永久も立ち上がる。きょろきょろと左右を見回す仕草を不思議に思って見ていると、彼は部屋の隅で丸まっていたアオを抱き上げて、バスルームへ向かった。
「お前はこっち」
声と音だけで、彼が何をしたのか判る。バスルームのドアは、人間でも開閉に力が必要なほど立て付けの悪いドアだ。
ニャー、奥からか細い鳴き声が聞こえたような気もするし、気のせいかもしれない。彼女は向こうで、自分はこっち、その意味が何だか生々しく感じてしまう。脱いだシャツを握りしめたまま固まっている碧に気付いたのだろう、永久が首を傾げた。
「どうした?」
「…永久。いつもそうしてるの?」
「バーカ」
素早く脱いだTシャツが、投げつけられた。
裸になって、ベッドに乗り上げる。
碧の肩から腕を撫でて、永久が目を細めた。
「やっぱ…きれいだなぁ」
それから、
「いい匂い、だし」
首筋を嗅ぐ。ひくつく鼻先がくすぐったくて、声を上げてしまった。
「ははっ…香水とか、平気?」
「平気かどうかなんて、考えたことねーって」
「だって、あなたはつけないから」
碧はコロンや香水が好きだ。ただ、人によって匂いに好き嫌いがあるし、フレグランスそのものに対しても好き嫌いがあるから、好みや主義があるなら聞いておきたい。永久軽く頷き、あっさりと言った。
「…ああ。煙草と混じるから、自分じゃあんまりつけないね」
「うん…永久の匂い、甘くて好きだなって思ってた」
「ありがと…ごめん、一発で立った」
「…んっ。俺も」
永久の身体をベッドに押しつけて、その上に重なる。
「いい?」
「いいよ」
スタンバイ状態の自分を、永久の入り口にあてがう。指を添えて、少し広げて、先端を埋め込んだ。
「つっ…」
彼が息を呑むと、入り口がすぼまり、碧を刺激する。
「あっ…永久…」
普段おだやかな眉間に、きつく皺が寄っている。碧はその縦皺を撫でて、宥めた。内側の力がゆるむので、力を入れて押すと、逆流を受け入れた永久に招かれるように、碧のペニスは内側を滑走することができた。
「ってぇ…」
「どうしよう…きつい」
「…どうするか知ってるのは、きみ自身」
腰に回される永久の手。上向きに反れる尖った顎先に誘われて、碧は腰を動かした。
「ぁっ…」
途端に。永久の中に強い快感を知ってしまった。
「ふっ、うっ…う」
ストロークに没頭するしか、もう、この快感を脱することはできない。退いて、押して、夢中で前後させる。永久の胸に自分の胸を押しつけて、一番深くなった状態で左右に揺さ振る。また、前後に――痛いくらいに熱く、集まってくる感じ。
「はっ、あっ…とわ」
彼の肩にかじりついたまま、じわり…フライング気味に一度、そしてどくりと吐き出した。生ぬるさでその空間がいっぱいになる。射精後の痙攣がおさまり、恐る恐る抜くと、栓の外れたそこから、白く濁った精液がシーツに零れた。
永久は両手両足を投げ出して、腹で大きく呼吸を繰り返している。碧も彼の脛を肘掛け代わりにへたり込み、しばらく二人で、酸素を求めることを最優先にすることにした。
彼の脛毛を弄りながら、呼吸が収まるのを自然に任せる。
「…へいき?」
「痛ぇ…思った以上に」
いつも以上に擦れた、永久のテノール。
「…俺、乱暴だった?」
「抱き方って意味なら、悪くないな」
「バカ…他には?」
「んー…精神的にはとても、満たされてる。痛いだけじゃないね。試してみる?」
「…へいきなの?」
「それとこれ、別、みたいだぜ」
息を取り戻した彼がにやりと笑って、人差し指で、彼自身を弾いてみせる。
「ほんとだ…」
後ろへの行為のせいで萎えていた彼が、また、力強くなっていた。
永久の首に腕を巻きつけて、キスをしながら、今度は碧がベッドに押しつけられる。フェイスピアスの数に比べて少なく、彼のボディーピアスは臍の一箇所だけだ。その臍をくすぐってやると、また少しペニスに角度がついた。碧の両腿を割って、その奥、尻の割れ目を指で広げた彼が、楽しそうな声を上げる。
「おっ?」
「…何?」
「チャームポイント発見」
「え?」
「碧のここ、可愛いの、ついてる」
「何…あ、んっ」
くい、さらに親指で広げられ、そこに口付けられるので、思わず背中が浮いてしまう。永久は何故かとてもうっとりした様子で、まじまじと、広げた場所を観察するのだから。
「…永久」
「なんか、やばい、すげー特権意識が…。これってね」
また、指でつつく。入り口のほんの少し横。きわどいって。
「と、わ」
「こっから、わざわざこうやって見ないと、見えないっぽいよ?」
そういうこと聞かされるのって、結構、いたたまれない。碧は引っ張ったシーツで顔を覆って、それに耐えた。
「…一生見てる?いれる?どっちか選んでください」
「すげー、誘い文句」
だって、自分でも、ひくひくしてるのがわかる。影が差したような気がしてシーツから顔を出すと、視界いっぱいに永久の顔が広がっていた。ん…ちゅっ、少し長めのキスをして、離れ際、小鼻のピアスを舌先で舐める。ふふっ、薄い胸が上下した。
ぴと。尖った人肌が、碧の入り口にくっつく。
「…ん」
ぐり、捻じ込むような動作で、広げられた。
「あっ!…つっ…痛っ…」
進んで、止まり、進んで、止まり、何度かそれを繰り返して、永久が碧の中に全長を収める。ビリっ、と、真ん中で引き裂かれてる感じ。
「ほんと…いたい」
「な?」
薄っすら浮かんだ涙は生理的なもので、それを知っている永久は、碧の目尻を指で拭っただけで明るく笑うのだった。
「動くね」
「うん…」
くすん、と、鼻が鳴る。
「みどりー…なんか、俺、泣かしてるみたい」
これも生理現象なのだけど。さすがに気がひける、といった顔。極端に下がった永久の両眉を左右に撫でつけて、くね、碧は腰をうごめかせた。
「…動いて?」
「んっ…」
短く喘いだ永久が、注挿を開始する。チャリッ、耳元で、ピアスの鳴る音がいくつも重なった。
「いぁ…あっ、あっ、はぁっ」
オールを漕ぐリズムみたいな、スピーディーで、それでいて大きくて、反動を利用するようなストローク。ギシ…ギシ…ベッドがそれに合わせて動いているから、ほんとに、船の上にいるみたい。痛いんだけど、すごく痛いんだけど…。
「あっ、あっ、あんっ…」
永久が一番奥に届く度に、そこにスイッチがあるみたいに出る自分の声が、妙に、気持ち良さそうで。身体と心が、別々の感覚を得ているのがわかる。碧は永久の背中にしがみついて、声を上げた。ゆさ、ゆさ、波が大きくなる。
シャカシャカシャカ。
「――ん?」
突然鳴り出した音楽に、ゆる…動きが弱まる。
永久は驚いているようだが、碧にとっては聞き慣れたメロディーだ。首だけ捻って床を見ると、ジャケットのポケットから半分飛び出した携帯電話が、チカチカと光っていた…忘れてた、仕事終わりのコール。
「舛添さ…マネージャーから…」
着信音の正体を説明しながらも、彼の背中を撫でて、続行のサインを送る。
「どうする?出る?」
再びスピードアップしながら訊くのだから、彼にだって、止まる気はないだろう。
「んっ、出たい、けど…やっ」
「嫌。ね、了解」
小さく漏らした悲鳴に勝手な意味を持たせて、大きくそこをグラインドさせた。
「やっ…あっ、あっ、あっ」
どれくらい、彼に漕がれていたのかわからない。
たぶんそれほど時間は掛からなかったと思う。内側の圧迫感が、これ以上ないってくらい膨張して、魚みたいにぴくりと…弾けた。
ぬるぬると広がる、精液の感触。
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