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プイッと反対方向を向かれてしまい、焦って体ごと柚さんの方を向いた。 俺は馬鹿か!お前の記憶は柚さん関連のことを蓄積する以外に得意なことなんてないだろ!こんな大切な日忘れるなんて信じられない。柚さんファンが聞いて呆れる。 「すみません!俺、忘れてて…あああ柚さんー!こっち向いてくださ……っアレ!?じゃあもしかしてコレって…」 柚さんに縋り付く勢いで話し掛けると、はあ…と二度目の溜息が聞こえて何とかこっちを向いてくれた。 俺の手に持っていたバングルをスッと取ると、利き腕じゃない左手にあっという間に嵌めてくれて、自分の分は自分でさっさと手首に嵌めてしまう。 並ぶ手に、並ぶ――同じバングル。 …待って…俺…待って。まさかとは思うけど、これは噂に聞くペ、ぺぺ…ペ 固まる俺の肩に柚さんの頭がコテンと落ちてきた。まだ完全に乾かしていなかったようで首に触れる髪はひやりと冷たい。 「…ちょっと早いけど…1年間俺の恋人でいてくれてありがとね。純希くんが何気にしてたとしても、傍に居てくれるだけで俺は幸せだよ。だからこれからもずっと…一緒にいよう?」 「〜〜〜!!!」 右側にかかる体重がたまらなく愛しくて、嬉しくて、左手に輝くバングルは今までの俺の悩みを一瞬にして吹き飛ばしてしまう程の威力を持っていた。 ◇ ◇ ◇ 「…ところで柚さん」 「んー?」 「柚さんっていつの間に自分のこと俺って言うようになったんですか?」 「…」 「あ、あとっ…あのオモチャとか…」 シャワーを浴びたあと入れてくれた温かいお茶を飲みながら二人でのんびりしている時に、ふと思ったことを尋ねるとピタリと柚さんの動きが止まる。 「純希くん」 「はい…!」 それに呼び捨てちょっと嬉しかったのに戻っちゃったな。慣れてるのはこっちだけど純希って言われるのもドキッとして良かったんだけど。うーん、残念だ。 「…僕が“俺”って使ったり、オモチャなんか持ってたら純希くんは僕のこと嫌いになっちゃう?」 お茶を置いて上目遣いで俺を見つめる柚さんに心臓鷲掴みで鼻血が出そうになった。黒目が大きな瞳は、心なしかウルウルしているように見える。 ガバッと両手で口元、主に鼻を押さえて「とんでもありません!」と叫ぶ。 「柚さんなら俺でも僕でも私でもなんでも似合います!オモチャ持ってるのも全然平気です!…っむしろなんでも俺は大丈夫です!だって大好きですから!!」 食い気味で答えると柚さんは上目遣いのままニコリと笑った。 「なんでも、ね。それは良かった」 ああ、笑う柚さん最高に可愛い。好きが止まらない。他に何があるのか思いつかないけど柚さんだったら絶対なんでも許せる。自信を持って言える! きっと何があってもこの可愛い恋人の傍を離れることはない。むしろ離れられないのだ、と左手首のシルバーがまるで俺の心を代弁するかのように自信満々に輝いていた。 end.

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