16 / 18

丘川と月曜日の朝 01

(※第三者視点で語られる丘川のお話。2日後です。) 丘川の仕事は毎朝自慢のロードバイクで通勤するところから始まる。 会社から少し距離のあるマンションで暮らしている為、今までは電車通勤だったが20代後半になって結構経った。30代になった時に腹が出ているなんていうのは嫌だったから、手っ取り早く運動できるように去年買ったのだ。 夏は汗を掻くから乗らないのだが今は肌寒い秋。休み明けの体が朝の冷たい風をきる感触に今日も1日始まったのだと教えてくれる。丘川はそんな時間が好きだった。 オーダーで作ったであろう長身の体にぴったりなスーツを身に纏うこの男は少し遊んでそうな見た目とは違い、会社に着くまでに1日のスケジュールを丁寧に計画するのが日課だった。まず、パソコンに取引先から連絡が無いか確認し、その後必要な連絡を取り、取引先を回る。新規が取れれば営業成績が上がるが、まあそう上手くは行かない。 社内に張り出されている営業成績のグラフにチラリと目をやって、今月もダントツに高い男の元に少し乱暴な速さで歩み寄った。 「柴くん、おはようございまぁす!」 「…おはようございマス。丘川さん」 突然の朝からの訪問に柴という限りなく凡庸な男は少し面倒くさそうに丘川を見上げた。 見た目こそはどこにでもいそうな20代男性だが、身に着けているスーツは丘川同様にオーダーなのか体に自然とフィットしている。チラリと覗く腕時計はよく見ると誰もが知っているブランドのものだ。 しかしながら本人の見た目と同じく派手ではないそれは落ち着いた品の良さが現れていた。 そういえばその高価だというのに気取らない腕時計は、同棲中の柴の彼女がプレゼントしてくれたものだと言っていたっけ。 よくよく聞くと自分が先に欲しがっていたものを贈ったから多分相手が気を遣ったんだと思うなどと言っていたが、彼女どんだけ稼ぎいいんだよ…と羨ましく思ったことは丘川の記憶にもまだ新しい。 柴はこの丘川の勤める会社で営業成績トップという素晴らしく仕事のできる男だ。そして見た目だけなら明らかに営業っぽい丘川と同期であり、ライバルでもあった。 とは言っても丘川がこの男をライバル視していたのは本当に初期の頃。入社して1~2年の間だけだ。今はもう柴の実力に納得をしているし、彼の働きには尊敬さえ覚えるときがある。 普段はボーとしていて害が無さそうな男だが、いざ仕事となれば持ち前の口の達者さと細やかな気配りで営業先ですぐに気に入られる。いわゆる天性の愛されオーラというものが出ているのではないかと思ってしまうくらいだ。 「柴くぅん。俺に言うことありますよねえ?」 デスクに座る柴の背後に立ち、得意の営業スマイルを向けた丘川に、向けられた方はヒクリと口の端を歪める。 「…金曜は先に帰ってすんませんした」 「猫なんていないでしょお?お宅」 「丘川の言うとおりっす。居ないっす。嘘でした。すまん」 自分の非を認めているのか柴は口答えせず素直に謝った。 「あの後ねぇ、取引先の女の子達が柴の友達を紹介しろと、それはまあしつこくお迫りあそばされましてね、大変だったんですよぉ、丘川ちゃんは」 金曜日に行った丘川の取引先である女性達とのコンパ。 店を変える直前に現れた柴の友人だと言う桁外れに整った顔立ちの桐谷という男に、空気も流れも女の子の気持ちも全て持っていかれた。置いて行ってくれたのはお金だけ…と、まあそこは助かったと思う丘川ではあるが。 そして猫に餌をやるなんて丸分かりな嘘をついた柴の後を追うように桐谷も出て行ってしまったのだ。 そのおかげでそれまで感じの良かった女性陣のテンションは一気に下がりもはやコンパだ!出会いだ!彼女欲しい!というノリでは無くなってしまった。 それにしたってあれは一体何だったんだろう。どうして柴は突然帰るなんて言い出したのか。可愛い女の子がいると言うのにわざわざ同性の友人を選んでその後を追うように消えた友人、桐谷。 実は既にあの時には酔いが覚めていた丘川ではあったが、それでもよく意味が分からなかった。

ともだちにシェアしよう!