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九
「いつか爺さんが死んだらマスコミにばれるか な。面倒だよなぁ、それ」
「……」
強気にそう笑われたら椿は黙るしかないようだ。
青い。
あれぐらい無視すりゃあいいのに。
攻撃したくせに気まずい顔すれば簡単に漬け込まれる。
椿はKENNよらまだまだ人を騙すような経験不足だ。
「気まずそうな顔するぐらいなら止めとけ。お前 みたいや優しい奴にはそんな脅し出来やしねー よ」
案の定、KENNに椿は揚げ足を取られた。
「お前がそれぐらい、嫌いってことだよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、けたけたと豪快に笑ってみせるKENN。
強気な態度と分厚い面は、椿も見習うべきかもしれない。
ふてぶてしいその風格は、KENNがどんな人生を生 きてきたのかが伺い知れるようだった。
「じゃ、それ聴けよ、椿」
CDを指さされたが、椿は舌を出す。
「太陽さん、次は俺とバイク転がしましょう」
「いいぞ」
バイクと聞いて、あっさりと承諾した。
まぁ好き勝手に走り回り、一緒 にツーリングするなんて難しいと思うのだが。
椿の手からCD-ROMを奪うと、パソコンの中に入れた。
CDは直に再生され、前奏が聴こえてくる。
ピアノだけの演奏に、KENNの声が乗る。
まだ何もアレンジを加えていない、素のKENNの声だった。
低く吐息交じりのセクシーな声を出す。
ハスキーで、男らしく、情熱的に。
ちょっと自信が溢れすぎていて生け簀かない感じだけど。
歌声に表情が付いているが、全てが猛々しく荒い。
そのワイルドな声が人気の一つなのかな。
恋人がいても構わない、振り向かせる、――お前は俺を好きになる。
KENNの歌は、情熱的で強引で、甘く騙して、悪い遊びを植え付けて来るような危険な雰囲気を醸し出す歌だった。
初めてまともにKENNの歌を聴いた。
もっと売上重視の中身の薄っぺらい歌ばかりだと侮蔑していたKENNが、切なく情熱的な歌詞を力強く歌いあげていたのだから。
椿は一回聴いただけで、乱暴にPCを閉じると、テーブルの隅に押しやってリースの続きを始めた。
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