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約束は破るためにある(エピローグ)
ガヤガヤと煩い街の中。
涼さんと初めて出会った花壇に腰掛けビルを見上げる。
『貴女のこと、いつでも見守ってるよ』
綺麗な色の口紅、それを恋人の唇に塗りながら頬笑む男性。
大きな画面に流れるのは、今季の流行り色を宣伝する某化粧品メーカーのCM。
「カッコいいなぁ…」
「え?ああ、渡涼か。」
タメ息と共に呟けば、今田くんが一緒に画面を見上げる。
「てかさ、真広と渡涼って友達?すっげぇビビったんだけど!?」
「えっと、友達っていうか…」
興奮ぎみに身を乗り出してくるのに苦笑してしまう。
どう説明しよう。
友達って言えば良いのかな?
でも色々聞かれるのも嫌だし、知り合い程度にしておくのがベスト?
「すげぇなぁ。俺も芸能人と友達になってみたいなぁ。」
「はははは…」
俺の返事も待たずに友達と決めてしまった今田くんは、「あ、それ一口ちょうだい」と俺の持っていたペットボトルに手を伸ばした。
「あ、うん。どうぞ。」
助かった。
このまま涼さんの話題から離れてもらお…
「何勝手に間接キス許してんだよ。」
「う?」
突然に降ってきた低い声。
同時にペットボトルが大きな手に奪われる。
「涼さん!」
「渡涼!?」
ギロリと睨んでくる切れ長の瞳。
結ばれた薄い唇。
サングラスをしていても分かる。
めっちゃ機嫌悪そうな表情。
うわぁ…怖い……
それにしてもいつ日本に帰ってきたのかな。
ほんと、突然現れるから毎回驚かされる。
「えっと、なんでここに?」
「……………」
恐る恐る声を掛ければ、それには答えずにゆっくりとサングラスを外す。
あ、そんなことしたら周りにバレちゃうよ…
そんな俺の心配を他所に、サングラスをポケットにしまうと涼さんは口を開く。
「あんた、確か今田だっけ?」
「うぁい!?はい!」
急に名前を呼ばれて心底ビックリしたのか、今田くんの声が裏返る。
そりゃ渡涼が自分の名前知ってるなんて思わないよね。
てか、俺だって涼さんが覚えてるなんて思ってなかったし。
「こいつ、俺のだから」
「「え?」」
声が被る。
同時に腕を引っ張られ立ち上ると、そのままの勢いで涼さんの顔が視界一杯に広がった。
「!!!???」
「んっ…」
唇に柔らかい感触。
視線の先には少し怒ったような瞳。
キス、されてる。
今田くんの前で。
たくさんの通行人がいる中で。
思わず引こうとした体はいつの間にか長い腕に捕らわれ、さらに抱き寄せられる。
「う、え、あ…」
「え、渡涼!?うそ、生チュー!?」
オロオロとした今田くんの声と、気付いたらしい通行人の声。
「ちょ、涼さん…見られて」
「うるせぇ、ちょっと黙ってろ」
「ッ、…ンン…」
抗議しようとした声はまたもや涼さんの唇で塞がれ、僅かに開いた唇の隙間からヌルリと温かい舌が差し込まれる。
クチュ…と濡れた音が互いの唇から漏れ、恥ずかしさとは別の感覚がじわじわと広がっていく。
長い指がさらりと髪を撫でるのが気持ち良い…
「ん、はっ…」
やがて下唇を軽く噛み、ゆっくりと離れていく薄い唇。
顔を見られなくてコツンと肩に額を乗せれば、チュッと音を立てて頭にもう一度キスされた。
「…分かった?」
ギュッと肩を抱いたまま視線を投げる涼さんに、言葉を発することも忘れたかのようにコクコクと何度も頷く今田くん。
「OK、手出したら…なぁ?」
「ふあい!!」
言外に込められたものを察知したのか、背筋を伸ばしているのがなぜか可笑しい。
てか、手を出すって何のことだろう…
「あ、こいつ一般人だから。SNSに画像流さないでくれる?頼むよ。」
周りで立ち止まった通行人にニッコリと綺麗に頬笑むのを見上げる。
涼さんの言葉に掲げていたスマホを皆が下ろしているのが分かり、少しだけホッとした。
「おら、行くぞ。」
「え?うん。またね今田くん。」
肩を抱いたまま歩き出そうとする涼さんに慌てるが、何とか今田くんに手を降って見せる。
あ、でも。
「待って、涼さん」
「んだよ。」
スタスタと歩く涼さんの腕を掴んで引き留めれば、見下ろしてくる瞳。
だから、怖いって…
その真っ直ぐな視線に少し腰が引けつつも言葉を紡いだ。
「おかえりなさい」
自然と顔が綻ぶ。
帰ってきてくれて嬉しい。
会いに来てくれて嬉しい。
そんな想いを込める。
「ん、ただいま」
そう言って愛しげに見つめてくれる涼さんの表情は、CMで見せていた顔とは全く違っていたー。
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