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約束は破るためにある6
なに、今なんて言った?
告げられた言葉に思考が追い付いていかない。
鋭い瞳が真っ直ぐに向けられている。
彫刻のように美しい…そう何かの記事で読んだことあるけど、涼さんは本当にカッコよくて。
態度は偉そうで、口は悪いし、俺様で、ちょっと怖くて、意地悪で。
だけど…優しくて。
芸能界に疎い俺でも『渡涼』のことは知ってたくらいには有名でスゴい人で。
「おい、聞いてんのか?」
眉根を寄せた、困ったような表情で頬を軽く叩いてくる。
「ボケーッとしてたら、キスすんぞ?」
「え?」
情報処理にフリーズしていれば、すぐ目の前に整った顔が寄せられた。
そうして唇にチョンと触れた暖かい何か。
「…抵抗しないとか、どんだけ固まってんだよ。」
「んっ、ぁ…!」
クスクス笑いながらまた触れる柔らかい感触に、足から力が抜けた。
「おい!?大丈夫か?」
「あ、はい…腰抜けちゃいました。」
その場にペタンと座り込んだまま、向かいにしゃがみこむ涼さんを見つめた。
心臓が煩い。
「キスぐらいで腰抜かすなよ。」そう笑う涼さんの薄い唇。
あれが、今俺の唇に触れた…?
そう認識した途端、顔に火がついたかのように熱くなる。
「あああ、あの、今の!」
「んあ?」
「好き、って、あの…!」
「ん、言った。南条が好きだ。」
「っっっ!」
優しく微笑まれる。
同時にまた抱き締められて、涼さんの爽やかなコロンの香りに包まれた。
からかわれているとはとても思えない、優しく甘い空気に心臓が早鐘を打つ。
「ダチなんかじゃない。あんたが欲しいって思ってる…心も体も。」
細いけれど逞しい腕にギュッと力がこもる。
涼さんが俺のことを好き…?
思いもよらなかった言葉がゆっくりと体に染み込んでいく。
ドキドキと煩い心臓の音はきっと涼さんに伝わっている。
だって、俺にも涼さんの心臓の音が伝わってくるもの。
同じように…いや、もしかしたら俺以上に早いかも知れない涼さんの鼓動。
「気持ちいい…」
「あ?」
無意識に零れた言葉。
それに後押しされるように腕が上がる。
「涼さんに抱き締められるの、気持ち良くて好きだなぁ…」
広い背中を掴み、スリッ…と頬を寄せる。
一瞬ピクッと震えた暖かい胸。
けれどもすぐに「そうか」と柔らかい声が降ってくる。
ゆっくりと時が流れる。
触れ合った場所から互いの体温が伝わる。
安心できる、けれど心がざわめく…他では感じることのできない涼さんの腕の中。
許されるだろうか、
自分の想いを伝えることが。
叶えても良いのだろうか、
この人の特別になることを。
破っても良いだろうか…
『友達』を望んだあの日の約束を。
「…俺もね、涼さん」
「ん」
フワフワとした気持ちのまま、ゆっくりと言葉を発する。
「俺も、涼さんが好きだよ。」
初めて会ったあの日から貴方に近付きたくて。
友達になれるのを夢見て髪を伸ばした。
けれど会うたびにどんどん惹かれた。
テレビや雑誌で見かけるたびに貴方の活躍を喜んだ。
そして同時に、胸が締め付けられた。
『自分とは世界の違う人』
突きつけられる現実から身を守るように、気持ちに蓋をし続けた。
望むものは『友達』
だからずっと側に居させて…
「…貴方が大好きです」
高い位置にある顔を見上げハッキリと伝える。
そこにはどんな広告でも見たことのない、綺麗な微笑みを浮かべた涼さんがいたー。
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