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君の吐息2
たいして変わらない体格。
なのに抱き締められると不思議と安心できた君の腕。
今は、ただ辛くて苦しいだけだけれども…
「離し」
「離さない」
言葉を遮る声は聞いたことがないほどにキツく、拘束する力も強くなった。
「さっきの何。俺には別れ話に聞こえたんだけど。」
「……………」
「やっぱり…あのね、それあなたの悪いところだから。勘違いして先走る癖。」
「え…」
ため息と共に紡がれる言葉に身を捩った。
抱き締める腕の力が弱まり、温かい体が離れる。
振り返れば困ったように笑う君と視線が絡んだ。
「てか、誤解させるような態度だった俺も悪いな。ごめん。」
「勘違い…?」
「そ、勘違い。あなたに別れ話しようと思って呼んだんじゃないよ。」
クスクスと笑いながら頭をグシャッと撫でられる。
大きな手が強めにワシャワシャと髪を掻き回すのに「痛いよ」と小さく抗議した。
どこか和らいだ空気に心がホッと弛む。
別れ話ではないと分かって体からも力が抜けた。
ヘニャヘニャとその場にしゃがめば、同じように向かい側に君がしゃがむ。
「だって、見送りいらないって言うし。」
「見送られたら離れがたいだろ?」
「こんな直前に言うし。」
「あんまり早くから言うと、あなたが寂しがるかと思って。」
「連絡もあまりしてこないし。」
「お互い忙しかったからな。」
「…デートもセックスも僕から誘うばかりだし。」
「それに関しては俺が完全に悪いな。照れ臭かっただけなんだけどね。」
「………なんだよ、それ」
思わず吹き出せば「やっと笑った。」と頬を撫でられた。
温かい指が顎を持ち上げ、近づく君の顔を見つめた。
チュッ…と触れるだけのキス。
冷えてカサカサの君の唇が、今はとても心地好い。
「三ヶ月、待ってて欲しい。」
ゆっくりと離れた唇から紡がれる言葉に耳を傾ける。
「毎日は無理でも連絡する。あなたが寂しくないように。」
「……………」
「だから…」
そこで一度言葉を切りギュッと抱き締められた。
「だから、帰ってきたら一緒に暮らそう?」
「……!」
「会えない時間に考えて欲しい。これから先のことを。あなたの時間を俺に預けても良いか、ゆっくり考えて。」
小さいけれど確かに告げられた言葉に目を見張った。
「な、に…それ。プロポーズみたいな」
「う……とにかく、考えて!」
否定しないんだ、プロポーズのことは。
その事実が嬉しくて背中に手を回す。
抱き締められているのと同じくらい腕に力を込める。
普段喋らない君がこんなにも想いを口にするのは珍しくて。
その緊張した声が愛しくて。
「分かった。三ヶ月、ちゃんと考える。」
答えなんて決まっているけど…心の中で付け足す。
スリッと頭を肩に擦り寄せれば背中を軽く叩かれた。
「ん、先走って老後の心配まですんなよ。」
笑いを含んだ、けれども少しホッとした様子の君に僕も笑った。
今日はこれを伝えたくて呼んだのか。
どこか冷たく感じたあの態度は、ただ緊張していただけなのか。
「…僕の家、来る?」
来て欲しい。
朝まで君の熱を感じたい。
想いを込めて誘えば頷く君。
「俺も、あなたを抱きたい。」
小さくもはっきりと返ってきたセリフに胸が熱くなる。
嬉しい、君が僕を求めてくれることが。
「ね、もう一度言って?」
君の顔に手を添え優しく囁く。
もう一度聴きたい、君のその口から僕を欲しがるセリフを。
「………………」
「ダメ?聞きたいな?」
フイッと視線を逸らす君に繰り返せば、耳まで赤くして唸った。
その様子がおかしくてクスクス笑えば「意地わりぃな」と拗ねてしまったけれど。
やがて観念したように大きく息を吐き出すと、ゆっくりと視線を合わせる。
「あなたを抱きたい…あなたの『これから』が欲しい。」
「ん、合格」
熱の籠った、けれども真っ直ぐな瞳。
そして飾り気のない正直な言葉に微笑み、今度は僕から口づけたー。
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