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第1話 ガラス越しの自分

「…………今日も選ばれなかった……」 御主人様は俺を買った夜に"マーキング"を施して以来、俺に全く触れようとしない……。 今夜の相手は……いや、今夜の相手"も"、エルン……。俺の二コ上の男だ。 一応、成人しているけど、勝気な釣り目のまだ少年らしい面立ちが御主人様の好みのど真ん中なのか、よくエプロンをプレゼントされている。 エプロンの枚数は俺等……使用人達のステータスになるから、多いければ多いほど良い。 信頼、情愛……など複雑な感情が一枚のエプロンに込められ、御主人様から賜る。 そして、エルンはそれをこの屋敷内で最も多く獲得しているのだ。 ……今日だって、先日プレゼントされた薄水色のフリルのエプロンを着ていて、とても似合っていた……。 「……俺は……真逆なんだよな……」 背丈は似ているけど、童顔で気弱そうなハの字眉に、垂れた瞳。 エルンが幾枚も持っている、フリルのエプロンなんか……一枚も持っていない。 当然、余分なエプロンも無い。 エプロンは最初に渡された数枚とそれからの必要最低限の枚数、それに誕生日毎に配布されるもののみ。 「御主人様は……エルンの為にエプロンをいつも選んでいる……」 そう口に出しながら、俺は心の中で『羨ましくなんか無い!!』とうそぶく。 「…………」 ―嘘。 自分でも、直ぐに分かる……嘘。 そんな大きな事を……平然と……。 「…………」 大きな窓のガラスに映る、雑巾を持った小さな自分。 この屋敷で使用されている、白い一般的な腰下ショートタイプのエプロン。 まぁ、屋敷内の役割によってエプロンは多岐に渡るが、俺のこれが基本だ。 装飾的なものなどない、シンプルなデザイン。 くるりと回って、わざと後ろで結んでいるリボンを揺らした。 ふわ、と浮き上がって、パタ、と直ぐに落ちたシンプルなリボン。 少しポーズをとってから、俺は無言で雑巾をバケツに掛けて今度はふわふわなハタキを手にした。 上から順に、ぽわぽわパタパタと埃を落としていく。 この客間を掃除しているのは自分一人だけだからと、ガラスの前でポーズをとってしまったが、今更恥ずかしくなってきた。 俯いて、思わずエプロンを見る。 ……まぁ、とにかく、この世界の使用人の間での……上下関係において、この"エプロン効果"は凄いんだ。 ……成長期真っ盛りの俺は、実はそろそろこのエプロンが小さくなってきているのだが、どうしたものか……。 御主人様の関心が薄い俺は、なかなか自分から欲しい物が言い出せないのだ。 そんな俺をこの屋敷の他の使用人達はエルンも含めて、良く面倒を見てくれる。 他の屋敷の使用人事情は詳しくは知らないが、俺は良い意味で皆に可愛がられている様だ。 まぁ……俺より下の使用人がいないから、そうなのかもしれないが……。 「―……十九歳の御主人様に"主人付きとして"買われた、十四歳の時は、屋敷で一番小さくて……ガリガリで、マーキングも"やっと"だったのに……」 怖い、痛い、嫌だ、変態……と泣いて暴れて、シーツを破って作った即席の紐にぐるぐる巻きにされて……散々御主人様に抵抗したマーキングだったな……。 最初は抵抗した俺だけど、無理矢理口内に長大なペニスを突っ込まれて、所有のマーキングとしての精を体内に放たれた時……どんどん真逆の感情に支配されたんだ。 "精"を放つ瞬間の御主人様の色気と、体内に放出された"熱"に……子供の俺は未知のショックを受けてここでほぼ即堕ち状態に……。 ……それに、もともと薄翅人は個人の差はあるにしても、『強く護られる安心感』を好む力弱い種族なのだ。 自分を所有してくれる相手の力が大きければ大きいほど、本能が相手を好む。 それにマーキングされながらちゃんと見た御主人様の外見は、俺にはドストライクだった……。 俺はそこで御主人様に密かに簡単に堕ちたけど、御主人様は逆に俺がそこで"面倒臭くて嫌い"になったのではないかな? だって、流血滴る生傷だらけのマーキングの後、俺は体力を使い果たして、一週間高熱にうなされたんだ……。 俺より先にこの屋敷の使用人として働いていた薄翅人のエルンが、寝込む俺の面倒を見てくれた時に話してくれたんだけど、本当にヤバかったらしい。 何度も大量に喉までペニスを突っ込まれて注がれ、ペニスと精液で喉を詰まらせてぐるぐる巻きの俺は白目を剥いて痙攣状態で気を失ったのだそうだ。 御主人様が俺の異変に気が付いて、慌てて夜中に医者を呼びに行かされたとエルンが話してくれた……。 そしてまぁ……ちゃんと助かったのは……寝込んでいる間、御主人様がわざわざ高価な薬をたくさん使ってくれたから……で……。 本当に堕ちた決定打は最後の治療行為だ。何年も仕えて信頼関係のある古参ではなく、真逆の雇用し立ての安い薄翅人の子供……にここまで篤い行為を施すなんて、普通ありえない。 ……まぁ、治療行為は"責任"を感じたから……かもしれないけど……。 それから普通に使用人として仕え、普段の彼を考えてみれば、基本御主人様は優しい性格だ。 それに一般常識としてまだ成人していない俺を直ぐに手放しては外面が悪から、俺をまだ使用人として雇ってくれているに違いない……。 ……しかし、そろそろ俺も"成人"として扱われる、"十八歳"となる時期が近づいて来た。 成人したら…………解雇、されたりして……。 だって最近、御主人様は無言で俺をキツク睨んでいる事が多いからだ。 階段の下のホールを歩いている時に、視線を感じた先に居た御主人様のあの狩猟する様な視線……。正直、本当に怖かった……。食べられるかと思った……。 ああ、御主人様は虎の獣人だからな。しかも軍人として優秀、極上の毛並みの美男子だし家柄も良くエリート街道まっしぐらだ。 そうそう。 この世界では獣混じりがある能力が高い大柄な半獣族・"半獣人"が上位、 獣混じりが無い、羽虫の様な薄い翅を持った小柄な種族・"薄翅人(うすばねびと)"が下位 ……とされ、形成される世界なんだ。 分かれているけど、迫害やそういうのは無くて、能力差……というのか……案外平和な上下関係だったりするんだ。 半獣族は弱者を庇護するのを好み、薄翅族は強者から庇護されるのを好むから……。 それに半獣族の所有のマーキングをされるのは実は使用人の誰にでも、って訳では無いんだ。 ……"夜"に呼ぶ……そんな意味合いを含んだ相手に基本、半獣族は強い独占欲と他者への牽制を含めたマーキングを施す。 ちなみに"夜"の相手は成人している方が良いけど、個人の好みで別に成人していなくても構わないのだ。 そこには性的な意味合いもあるけど、精神的癒しも含まれる。 ようするに、その意味合いは当人で決める事なのだ。 今はこんな放置状態の俺だけど、屋敷に雇われた時にマーキングを受けたという事は多少なりとも御主人様に気に入られている……と……。 ……御主人様が俺の他に、どれだけマーキングをしているのか確かめた事が無いから知らないけど。 半獣族のマーキング対象は一人から、ハーレム状態だったり個人差がある。 とりあえず、エルンはマーキングを受けたのは確定だろうな。"夜"呼ぶ相手はエルンだけだし。 ……俺はマーキングの時に大騒ぎしたし、この屋敷内で一番最後に入った使用人の薄羽族だから……俺が御主人様の最後のマーキングの相手なんだろうけど……さ? そんな事を考えながら俺はハタキを置いて、大きな窓のカーテンの形を直し始めた。 整える作業をしていたら、ふと外……下の方から視線を感じ、視線を向ければ何とロングコートを着た御主人様が俺を眼光鋭く見上げていた。 な、何??? 俺の働き振りを見てチェックしているの!? 俺は焦って一礼して"ぴゃ!"っと横に移動してカーテンに隠れた。 ドキドキした心臓を落ち着け、そっと外を見たら御主人様は既にこちらに背を向けて歩き出していた。 高身長で肩幅もありながら、腰を絞った黒いロングコートの深いバックスリットから長い縞模様の尾を出し、緩くくゆらせて歩く姿が……とっても格好良い……。 俺はその姿に引かれる様にカーテンから出て、大好きな御主人様を熱い溜息と共に見送った。 そして…… 「……マーキングを受けたのに、何だか複雑……。 あの時……最初のマーキングを大人しく受けていれば……エルンじゃなくて、……俺、だったのかな……?」 俺はそう呟いてもう一度、窓ガラスに映るエプロン姿の…………泣きそうな自分を見た。

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