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第1話
ほんの出来心だった。
「おまえ、やっぱ馬鹿だな。そんなに俺とヤりたかったの?」
どうしたって笑ってしまう。中学から男子校だったから、揺れるスカートの裾なんてちゃんと見たことがなかった。
緑がかったチェックの生地からは、すんなりとした足が伸びている。細くても程よく鍛えられた足は女のものじゃない。それでも、まっすぐなバランスのいい足に紺色のハイソックスと白いスニーカーがやたら似合っていて可笑しい。
「何笑ってんの?奏衣先輩が言ったんでしょ?セーラー服着てこいって。一体どんな趣味してんの?」
どんな趣味も何もない。そう言えば諦めると思ったから。
『じゃあ明日、セーラー服着て卒業式に出て。そしたらヤらせてやるよ』
「昨日の今日でセーラー服は無理だったから、ブレザーだけど。約束、守ってくれるんでしょ、先輩?見て。スカートってなんかそれだけでヤラシーよね」
ゆったりとした濡れた笑みを唇に浮かべ、宇野 皐月 は腰を揺らし、すでにスカートを押し上げている兆しを見せつけた。
「それだけで反応してるとか変態だな、おまえ。てかそれ、すーすーしないの?」
先を急く皐月の欲望とは対照的に、上原奏衣 は冷めた口調を変えなかった。
「んー、下は普通のボクサーパンツだから部活ん時の短パンとそんな変わんない」
そう言われてみれば、スカートから伸びる足が見慣れないだけで、この男の体なんて水泳の授業でも修学旅行の風呂でも見たことがあるんだった。
「色気ねー」
「えー!下着も女モノじゃないとダメとか今更言わないよね。これ逃したら、もー俺ノーチャンなんだから」
「一回男とヤりたいとか、周りに女いないから頭沸いてんな。外じゃおまえ、いくらでもモテるだろうに」
太陽の日差しに焼けたような自然な茶色い髪は、くっきりした二重の目が印象的な顔を明るく見せる。背も奏衣よりも高くて体格もバランスがいい。そのうえ賑やかな性格のせいで友達も多い。
最終学年となる一年間、普通に女にモテそうな無駄にチャラい男に奏衣はひたすらつきまとわれた。
ここ星丘 学園は、県内で学力トップを誇る名門男子校で、オタク気質の近寄り難い男が通っていると、ありがたくないレッテルを貼られている。場所も中心地から外れた辺鄙なところにあり、余程積極的にならなくては出会いは望めない。
『卒業までにはヤらせてくれ』とあっけらかんと皐月が言ってくるのは、おそらくこんな事情からで、手近な所で男を相手にしてみたいだけだ。
そして今日が卒業式。
「いいよ、別に。オンナノコでもあるまいし、ヤりたきゃ突っ込めよ」
投げやりな奏衣の言葉に、目の前の男は唇の片側を歪め、くすっと笑った。
「奏衣先輩、男前」
勝手にしろ…と、奏衣は自嘲気味に呟いた。
本来ならば、卒業式前のホームルームに出るべき時間に、ふたりは人気のない校舎の一角にある視聴覚資料室にいた。
皐月の差し金で一緒にこの部屋の清掃担当になったせいで、こっそり鍵を持ち出して忍び込むなんて他愛もない。当然掃除なんてそっちのけで口説かれ、初めてキスされたのもここだった。
強引な皐月をなんとなく奏衣が受け入れる関係は、一年前の新学期早々、不穏な言葉で始まった。
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