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第2話

 グランドを見渡すことができるベンチで、奏衣はひとりパンとジュースだけの昼食をとっていた。春の陽は暖かく長閑で、慣れない生活に意識なく気を張っていたのか、ふぅと気の抜けた息が漏れた。  向こうの方でどこかの部が昼練をしていて、ご苦労なことだなと思う。進学校故に部活動の時間数が制限されていて、こうして昼休みに自主練する生徒が多い。  そういえば、あいつも昼休みに筋トレしてたなと、もうここにはいない男のことを思い出す。  一年半のイギリス留学を終え、桜咲く頃学園に戻った奏衣は、ひとつ年下の三年に編入した。同級生は卒業してもういない。  親しい友人のない奏衣を周囲が妙に気遣う風を見せるので、面倒くさくてここ数日昼は外に出ている。孤独なんて感じることはなく、ロンドンとは違う田舎の空気が丁度いい息抜きになっていた。 「奏衣せーんぱい、何してんの?こんなとこで」 「誰おまえ?」  すぐ真横に知らない男が断りもなく腰を下ろした。あまりに馴れ馴れしい態度に奏衣の口調は自然と冷たいものになる。それでも満面の笑みを湛えた表情は変わらない。 「ひっどい!クラスメイト覚えてないの?宇野皐月!奏衣先輩の真後ろの席だよ?」 「後ろだから見えないんだわ。あ、『先輩』って呼ばなくていいから」 「え!奏衣って呼んでいいの?」 「なんでいきなり呼び捨て。苗字で呼べ、苗字で。上原だから」  そんなの知ってるよと呟きながらさらに距離をつめてくるので、奏衣は体を後ろに引く。 「いつもここで昼食ってんの?誘おうと思ったら速攻いないし。購買行ったのかと思ったら帰ってこないし。パン一個だけ?奏衣先輩ほっそいんだから、もっと食べなきゃ」  先輩呼びが変わっていない。正直、相当面倒臭い奴だなと思った。一人浮いている奏衣を仲間に入れて『あげよう』という態度が鬱陶しい。 「ほっとけ」 「ほっとけない!奏衣先輩、俺とつきあってよ」 「はっ?!」  そう言われて初めて隣の男の顔をちゃんと見た。学園の生徒には珍しく長めの髪が似合う派手なタイプ、制服は小慣れた具合に着崩されていてチャラい。対して奏衣は少し神経質にも取れる涼しげな顔立ち、背は低くはないが細身のせいで大人しそうにも見える。賑やかなのは好きじゃない。  可能性に余地を残しても、ふたりに共通点は全くない。からかわれているのだと思った。  そのまま立ち去ろうとすると手を引かれ、黒髪がかかる耳元に皐月の顔が近づいた。明るい笑顔には似合わない掠れた低い声が鼓膜を震わせる。 「俺、知ってるよ。いっこ上の(さかい)先輩とつきあってたでしょ?陸上部、だっけ?」  長らく聞いていなかった名前を聞いて、心臓がどくりと嫌な音を立てた。からかうよりもっと酷い。事情を知って面白がって深いところに強引に触れてくる。 「脅すつもり?」 「そう取ってくれてもいいけど?」  奏衣は躊躇なくオレンジジュースのパックを投げつけた。少し残っていた液体が皐月の制服を濡らし、一瞬気が怯む。微かな罪悪感を吹き飛ばす満面の笑みを、真横にいる男は奏衣に向けていた。それがいっそう奏衣を苛立たせた。

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