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第9話
「…おまえとヤるかどうかもう一回ちゃんと考える。だから、もう俺たち卒業するんだし奏衣って呼べよ」
いきなり苦しいほど強く腕に抱きしめられた。大したことを言ったつもりはないのに、何かが皐月の感情の針を振らせたらしい。
「奏衣、好きだよ。先…奏衣は?」
「俺…は、皐月のこと…」
ーー 好き。好きなのかなぁ。
はっきりと言葉にできるほど、自分でもよくわからない。ぐいと上体を引き皐月の上気した顔をじっと見て逡巡した後、自分から唇をつけた。変に意識してしまい、むぎゅっと押しつけただけの不器用なキス。
「これが答え!今んとこ」
気恥ずかしさに皐月の顔をもう見られなくて、俯きがちに早口で言った。
「ま、いっか。初めて名前呼んでくれたし。そんな可愛い顔見せてくれるんなら」
「なにが『ま、いっか』だ!そんな感想あるか!」
もう一度ぎゅっと抱きしめられ、ふふっと漏らした皐月の息が首筋に当たる。
「もー我が儘なんだから。自分は『今んとこ』とか言っときながら。ほんと好き」
『奏衣、奏衣…』と、呼ぶたび何かを確かめるみたいに繰り返えされる自分の名前は『先輩』がなくなっただけで、全然違う風に聞こえた。
ふと、くっつけられているすべすべの素足が気になって手を滑らせた。すぃと肌に馴染み気持ちいい。
「…ふぁ…だからやめてって。ぞくってくるから」
「あ、もうこんな時間。式だけ出て戻ってこようぜ」
スマホの時計を見て手を止める。
「って、聞いてないし。で、戻って来てなにするつもり?」
「いちゃいちゃの続きに決まってんだろ。言わせんな。…ここも最後だから」
とびきり嬉しそうな皐月の顔がくすぐったい。
「あっ、待って。着替えるから」
「なんだ、ちゃんと制服持ってんじゃん」
「だってほら、スカートにぶっかけてどろどろになったら着替え要るなって」
「ど変態!ドーテイがどんな心配してんの?おまえどんなプレイするつもりだったんだよ?」
「だから、奏衣がスカートプレイしたいっつったんじゃん」
「違うわ!さっさと着替えろ」
小さなボストン型のバックから、ブレザーとパンツが出てきた。長い指が無頓着にスカートのファスナーに伸ばされ、思わず目を逸らしてしまう。
資料室を出るところで、普通の制服姿になった皐月に手を取られて、そちらに視線を移す。少しだけ上向きになる目線に、三年で大きく育ったんだなと思っていると、奏衣を捕らえた男が花が綻ぶような笑みを浮かべる。
手を繋いだまま、お互いゆっくりと顔を近づけた。何度目か知れないキスが心に風を起こす。
今、自分はどんな顔をしてるんだろう。
fin.
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