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第1話
ーーside 佐々 健太ーー
俺の名前は佐々 健太(ささ けんた)
今日は幼馴染の伊藤 蛍斗(いとう けいと)が泊りに来る日だ。
蛍斗は、お互いに予定が無ければ二週間に一度泊りに来る。
本当は毎週末来たいそうだが、お互いに接待や付き合いがあるため遠慮しているらしい。
実際秋口から12月の末にかけては、やれ年末に向けて実績を増やせだの、
年末締めだのとお互いに忙しく、予定が無い日は関係会社等との忘年会で
しばらくゆっくり会えていない。
久々の泊りに、嬉しい気持ちを隠せない辺り、俺もまだまだだな、と思う。
蛍斗とは、幼稚園の頃からの腐れ縁で、過去のトラウマからすごく綺麗な顔をしているのに
自分の顔が嫌いで、自分に好意を寄せるヤツには無意識に距離をとっている。
人に傷つけられても、人が好きで、全て自分のせいだと思い込んでしまうようなお人よしで・・・すごく優しいヤツなんだ。
純粋な蛍斗には、いつまでも幸せに笑っていて欲しい。
俺に頼って、なついて、できれば俺が傍で笑わせてやりたいけれど・・
純粋な蛍斗と、どこまで進んでいいか分からない。
実際蛍斗は俺に親友以上の感情は無いだろうし。
踏み込んで壊れる位なら、親友よりも少し近い今の関係のままがずっといいんだ。
ピンポーンーーー
ガチャ。
「ササ、ちょっとぶり~!」
蛍斗は俺の名字を呼びやすいし何か可愛い!と、偉く気に入って、
こんなに長い付き合いなのに未だに名字呼びだ。
「おう、今日さみぃな、早く中入れよ。」
左手でドアを抑える俺の横を、蛍斗がコンビニ袋をガサガサいわせながらすり抜けると、
冬の夜の乾いた香りと蛍斗の甘い香りが混ざって部屋に流れ込む。
こうして蛍斗を迎え入れる、俺はこの瞬間がたまらなく好きなんだ。
「ササ、これ、お土産。」
俺の好きなメーカーのビールやジーマ、蛍斗の好きなカシスオレンジ、
梅酒、それからつまみ。
いつも通り、だけど、ベストなチョイス。
土曜の夜に酒盛りして、日曜はだらだら過ごすのが恒例だ。
「おう、いつもわりーな!先風呂入るよな?張ってあるから入れよ。」
「ありがと~!いってきま~す!」
俺の家は駅から10分。けれど、1月の夜じゃ10分も歩けばすっかり冷える。
俺のクローゼットには、蛍斗のスウェットや下着が入っている専用引き出しまである。
このままここに住めばいいのに。
なんて思いながら、蛍斗が風呂からあがるのを待つ。
風呂上がりの蛍斗はいつも通りで、少し湿った髪にしっかりお風呂に浸かって赤くなった頬が可愛い。
変な気持ちになんて、なっちゃいけない。
そんな気持ちはすっかり昔に蓋をしたつもりだ。
ただ、蛍斗が心地良い空間を与えてやりたい。
二週間に一度の、俺の特別な時間が始まる。
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