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第92話 僕らは憶病だった。
僕らは憶病だった。
あの夏の終わり。蝉時雨のなか。部活帰りの寄り道。2本が対になったアイスをパキンと割って、君は僕に1本くれた。僕の咽喉を潤していくソーダ味。
「推薦、決まった。」と君が言った。
「そっか。」と僕が言った。
エースの君にスカウトが来てたこと、僕だけじゃなくてみんな知ってた。
でもイエスの返事をするかどうか、迷っているのを知っていたのは僕だけだった。だってあんな、みんなが憧れる強豪校。そこからスカウトが来るということは、プロも目指せる実力だとお墨付きがもらえたのと同じ。君の親だってコーチだって校長先生だって、みんな喜んでた。誰よりも努力していた君のこと、部活仲間だって自分のことのように喜んでた。
それでも君が迷った理由は僕だった。思い上がりなんかじゃない。
忘れものを取りに行った放課後の教室。君がひとり、屈みこんでいるのが見えた。君は僕の机に口づけていた。
失くしたはずの僕のタオルを、君が持っていることも知ってる。
視線に気づいて振り返れば、そこには必ず慌てて目をそらす君がいる。
ソーダ味のアイスは、補欠の僕が叱られた日の定番で、気にするなとも頑張れよとも言わず、ただ君はパキンと割った片割れを僕に渡す。
僕らは憶病だった。
君が僕を知るより先に、僕は君を知っていた。
地区大会。小学生の部。既に他の子よりも頭一つ以上大柄だった君は嫌でも目を引いて、更にそのテクニックで観客を魅了した。
憧れた。君のようになりたかった。僕はずっと君を追いかけていた。同じ学校になってからもずっと。
あの小さな大会が僕らの始まりだったなんて、きっと君は知らないけれど。
君が口づけた僕の机に、僕は小さく小さく君と僕のイニシャルを彫った。
君が顔を洗っていた隙に、君のタオルと僕のタオルをすり替えたのは僕だった。
君が僕を見るより先に、僕が君を見つめていた。
僕らは憶病だった。
「これさ、このアイス。」と君が言った。「覚えてる? 地区大会の時、差し入れで、参加者全員に配られたの。」
「地区大会って、いつの?」と僕は言った。
「小学校の時。おまえも出てただろう?」
君が来春から行くところはとても遠くて。
ここを離れて、寮生活をすると聞いていて。
でも、後を追うこともできない補欠の僕のほうから、離れたくないなんて言えなくて。
夢を叶えようとしている君のこと、応援しなくちゃだめだって自分に言い聞かせて。
ずっと我慢してたのに、どうして今、そんなことを言うのかな。
口を開けば言ってしまいそうになる言葉に蓋をするように、アイスを押し込んだ。
置いていかないで。
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診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語」のお題にて作成しました。
https://shindanmaker.com/801664
古池十和さんには「僕らは臆病だった」で始まり、「置いていかないで」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
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