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第159話 二月のショートケーキ *「その恋の向こう側」番外編
風呂上がりにスマホを見ると不在着信が一件あった。「宏樹」。兄の名と共に履歴の時刻を確認する。十九時過ぎ。まだ職場にいた時間だ。次いで現在時刻を見た。
「今さらか……」
もう深夜だ。明日でいいやと和樹はそのまま充電器に差した。
翌日。
「昨日ごめん、気づかなかった」
――いいよ。今、東京に向かってるところで。
「は?」
――明日、友達の結婚式があってな。
「前泊?」
――ああ。七時頃には着く。飯でもどうだ。
和樹は一瞬ためらった。
二月十日。
「……いいよ。店は適当に探しておく。居酒屋で良いよな?」
年末年始の帰省はしなかったから、宏樹と顔を合わせるのは去年の夏ぶりだ。
「涼矢は?」
「学校で勉強するって言ってた」
「気を使わせたかな」
「いや、いつものことだから」
「そうか」
開口一番に涼矢のことを持ち出されて、和樹はホッとするような、恥ずかしいような気持ちになる。
生ビールのジョッキが二人の前に置かれると、宏樹は無言でジョッキ同士を合わせようとした。
「誕生日おめでとう」
「……覚えてたか」
「まあね」
「和樹ももうすぐだな」
「うん」
唐揚げとだし巻き玉子がやってくる。
「唐揚げにチョコケーキ。誕生会の定番だったな」
宏樹の言葉に和樹は頷く。
「兄貴の好物だもんな」
「いや、カズのだろ。俺は普通のショートケーキのほうが好きだった」
「え、俺もだけど?」
二人は顔を見合わせる。
「カズはバレンタイン生まれだし」
「だからって別に……まあ、チョコ嫌いだったわけじゃねえけどさ」
「俺も」
「俺の誕生日って感じしなかったな」和樹はビールを一口すする。「キャンドルも兄貴の年の数でさ」
「けど、ケーキの出番はいつも誕生日過ぎてた」
「俺の誕生日でもなかっただろ」
「建国記念の日」
「それ」
「祝日で親父もいたな」
「だな」
宏樹は唐揚げをひとつつまみ上げ、ほとんど噛まずに飲み込んだ。
「誕生日当日に祝ってもらったの、初めてかも」
「彼女にも?」
「あー、うん。明日ちゃんとやろうねって流れになりがちで」
「ちゃんと、か」
「そう。それで明日、ちゃんと、結婚式」
「え」
「元カノの」
「うわ。元カレ呼んでんの?」
「まあ別れたあとも友達だったし。共通の友達も多いし」
「幸せ願えるものなの、それって」
「願えるだろ」
「すげえな」
苦笑いを浮かべる宏樹を見て、和樹はちょっとトイレ、と席を立つ。
宏樹の死角に入ったところでこっそり店員にオーダーした。
ジョッキ数杯を空にしたのちに、そろそろ帰るかと宏樹が呟く。それを合図のようにして、店員が新たな皿を持ってきた。
「お待たせしました。以上でご注文はお揃いですか」
「はい?」
キョトンとする宏樹に和樹が目配せをする。
それぞれの前に置かれたのは、いかにも業務用の冷凍品だ。角張ったスポンジにクリームが絞られ、小さないちごがひとつ、半解凍の霜をつけて鎮座している。
「んじゃ、改めて」
店の外に出ると冷気が一気に押し寄せてきた。
「じゃあな」
「気を付けて帰れよ」
「十四日、忘れんなよ」
「うるせ」
宏樹はホテルのほうへ、和樹は自宅に向かうべく駅へと別れた。
帰宅すると涼矢も部屋にいた。
「おかえり。どうだった?」
「元カノの結婚式出るんだと」
「へえ」
「そんなんでも願えるんだってよ、幸せ」
「宏樹さんらしいね」
「はは」
和樹が脱いだコートを涼矢がハンガーに掛ける。かいがいしいというよりは、そうしないとそこらのソファに放って済ませることを知っている。
「なあ、今年は土曜日だろ」
「ん? ああ、誕生日?」
「大げさにしなくていいからな」
「なんだよ、それ」涼矢はスマホに目を落とした。店の予約かチョコ作りの計画かは知らないが、その手のスケジュールを確認しているのだろう。「楽しみ奪うなよ」
「一緒くたで充分だから」
「俺の楽しみなの。俺が、楽しんでんの」
真顔でそんなことを言う涼矢。和樹はソファに崩れ落ちるように座る。
――兄貴にも、こいつにも。
――敵わない。
(おわり)
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