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第160話 「おかえり」 *「その恋の向こう側」番外編
「ごめん」
玄関を開けるなり、和樹が言った。「ただいま」を言うより先に謝るな、と涼矢は思ったが、口には出さなかった。その代わり、こっちも「おかえり」を言わないでおく。
「何が」
「閉店に間に合わなくてさあ」
「だから、なんの話」
「ごめん。今年、なんもないわ、誕プレ。一応言うと、予約はしてた。帰りに取りに行くつもりで」
「配送にすりゃいいのに」
「味気ないだろ。俺から手渡したかったの。……って、手ぶらで言っても説得力ないな」
「手ぶらじゃなくない? それは?」
「ああ、これ? はい」
和樹が差し出したのはスーパーの袋。反射的にそれを受け取る。
「重っ」
「ビール入ってるから」
「ビール」
「一応な、乾杯ぐらいはしたいなってね。スーパーしか開いてなくて」
「なんだ、ちゃんとあるじゃないですか」
「あなたさまの誕生日ですから」
そう言って、和樹は少し笑った。
七月七日。駅前には今年も笹が飾られていたし、スーパーの入り口にも短冊を書くコーナーができていた。先に帰宅した涼矢も、それを横目に見ていた。この町で暮らし始めてから毎年見る光景だけれど、短冊を書いたことはない。たぶん、和樹も。
袋の中はビールだけではなかった。焼き鳥のパックと、枝豆と、冷やしトマトと、割引シールの貼られた惣菜。それから、六缶パックのビール。いつも二人で飲んでいる、普段使いの発泡酒ではない。
「ケーキ屋は当然閉まってるし、スーパーのも売り切れてて」
「いいよ、別に」
「コンビニのプリンなら買った」
「固いやつ?」
「固いやつ。おまえ、そっちのほうが好きだもんな」
「サンキュ」
何か忘れている気がする。そう思いつつ和樹と乾杯した瞬間、思い出した。
「ああ、そうだ」
「なに」
「おかえり」
「今かよ」和樹は笑う。「はい、ただいま」
今さら、短冊に何を書けというのだろう。
一番の願いは、もうとっくに叶ってしまったというのに。
(おわり)
#本編「その恋の向こう側」→https://fujossy.jp/books/1557
7/7は涼矢の誕生日。
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