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第26話 Raindrop - Side Chocolate - (for 志生帆 海様)
*SSクイズ正解者景品作品 リクエスト「『Raindrop』のバレンタインデー」
*元SS→https://fujossy.jp/books/4693/stories/82562
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彼が部活をやめたのは去年末のことだから、一緒にバス通学をするようになって、2か月とちょっと。間に冬休みもあって、思ったほど毎日会えるわけじゃない。なんて、雨の日しか会えなかった頃を思ったら、ものすごーく贅沢なことを考えているぼく。
彼が退部届を提出したその日。そうとは知らずにぼくが帰りのバスを待っていたら、突然彼が現れた時には驚いた。帰りが一緒になることは、雨の日だって、ないことだったから。理由を聞くより先にバスが来て、ぼくたちは初めて、帰りのバスに並んで座った。
しばらく雑談をして、一番前におばあさん1人がいるだけになって、ぼくは気になっていたことを切り出した。「今日、部活は?」
「やめた。」
「怪我で、練習できない?」
「今日の練習だけじゃなくて、部活をやめたんだ。退部届、出してきた」
「え」
「レギュラーになれなくても、補欠でもマネージャーでも続ける奴もいるけど、俺は、だめなんだ、それじゃ」
「そうなんだ。……うん、でも、自分でそう決めたんなら、いいと思う。今まであんなにずっとがんばってきたのに、そういう決断するのって勇気要ると思う。けど、自分でちゃんと結論出すんだから、やっぱりすごいな」 ぼくがそう言うと、彼はちょっとびっくりした顔でぼくを見た。だから、ぼくは慌てた。「ご、ごめん。ぼくなんか、何も知らないのに。余計なこと言って」
「違うよ」彼は真面目な顔でそう言った。部活の時はいつも真剣だけど、バスの中では、そんな表情を見せることはほとんどなかった。怪我の話をした時と、今、だけ。「余計なことなんか言ってない。今の、俺が一番聞きたかった言葉だった」
「そ、そう、なの?」
「うん。俺、本当は勇気も自信もない。退部届だってなかなか出せなくて。けど、おまえはいつもそうやって応援してくれたよね。俺が勝っても負けても、怪我しても。だから、結論、出せた」
「ぼくは、ただ、言うだけだから、そんなの、誰でも」
「おまえ1人だったよ、そう言ってくれるの」彼は、膝の上のぼくの手の上に自分の手を重ねて、ぼくの足にもっと押しつけるようにして握った。「だから、今日、の、あれ」
今日のあれ、が何のことかはもちろんすぐにわかった。昼休みに突然彼がしてきた、キス。あのあと彼は何か言いたげに口をパクパクさせたけど、結局何も言わないで、その場から走り去ってしまった。さっきぼくがバス停に来た彼を見て驚いたのは、だから、そのせいでもあった。
「あれ、きょ、興味本位とか、勢いとか、そういうんでなくて、だから、つまり」彼の頬が真っ赤に染まって、額には汗がじわりとにじんでいた。そんな彼を見るのは、初めてのことだった。
ぼくも彼もそのまましばらく黙っていた。やがて、彼の手はぼくの手から離れて、彼の口元を覆い、その後には頭を抱えるように頭上に組まれた。彼はその姿勢でため息をついた。
「ほらな。俺、全然、勇気なんかなくて」彼はちっともぼくのほうを見ようとしない。
「あるよ」ぼくはたまらずそう言った。「勇気あるの、知ってる。だから、言って」
彼はぼくを見た。
「言って」ぼくはもう一度言った。こんな強気なぼく、きっと彼は見たことがない。いや、絶対にない。だって、ぼく自身だって知らないぼくだから。
「す、好きです」
今度はぼくが彼の手を握った。「ぼくも、好きです」たぶん、彼よりも前から。
彼は手を握り返してくれて、バスを降りるまでずっと、つないだままでいた。
あの日から2ヶ月ちょっと経って、今も時々、バスの中では手をつないでる。でも、それだけが唯一の、ぼくたちが「特別な関係」であることのしるし。好きだって言い合って、それより前にキスもして、けど、実はその後、デートもしていなければ、キスだってしていない。エースだった彼が急に部活を辞めたから、なんとなく噂の人になってしまっていて、そんな状況で今まで大して仲良くもしてなかったぼくと2人で行動するのは、いくらなんでも目立ち過ぎたんだ。
家に帰るなり、「あ、お兄ちゃん!」なんて、いつもはぼくに対してつんけんしてる妹が、やけに明るい声で言ってきた。「ちょっと来て。味見してほしいんだ」そう言ってぼくの目の前に突き出してきたのは、アルミカップに入った、チョコ。ぼくは素直にそれを取って口に入れた。「どう?」と妹が言う。
「うん。チョコの味」
「そうじゃなくてぇ。美味しい?」
「普通。チョコを溶かして固めた味がする」
「ひっどぉい」
ひどい? ひどいかな。「でも、キラキラしてたのは、可愛かった」ぼくは妹の機嫌を直そうと、ない知恵を絞って、チョコの上に仁丹みたいな銀色の粒がのってたのを、褒めてみた。
「アラザンって言うの!」怒った口調で妹が言った。ご機嫌取りは失敗か。「じゃあ、こっちは?」妹はもうひとつ別のを突き出した。別に怒ってるわけでもないらしい。今度のは、ホワイトチョコペンでハートが描いてある。ぼくはそれも一口で食べた。
「あ、こっちのが美味しい」
「お兄ちゃんは甘いのが好きだもんね。さっきのはビターで、これはミルクチョコ」
「ふうん」ここまで来て、ぼくはやっと気がついた。「バレンタイン用?」
「そうだよ、あったりまえでしょ。何だと思ってたの」妹はけらけらと笑った。
「随分たくさん作るんだね」
「そう、友チョコだけで30人分なんだよ!」
「友チョコ以外もあるんだ?」
ぼくがそう言ったら、妹は真っ赤になって、「うるさい」って言った。ぼくは友チョコ以外に"義理チョコ"もあるんだねってつもりで言ったのに、妹は勘違いしたみたい。
妹にも、つまり、本命くんがいるのかって、兄としては、ちょっと、こそばゆい気分になった。
ぼくの本命くんは、毎年、たくさんのチョコをもらってた。今年ももらうんだろうな。そんなことを考えて、あ、と思った。
今年のバレンタイン、もしかして、ぼくから彼に、あげるべき?
でも、ぼくだって男だし。彼がぼくにくれるかも。いや、ないか。ないだろうな。ぼくと彼なら、やっぱり、ぼくがあげる側。なんかそう決まっちゃってる気がする。
「これ、余る?」ぼくは妹に聞いた。
「余んないよ。けど、お兄ちゃんの分もちゃんとあるってば」そう言えば、妹はぼくに毎年チョコくれる。というか、妹からしかもらったことない。
「ぼくの分、ぼくが作っていい?」
「はあ?」妹はすっごく変な顔でぼくを見た。でもラッピング代を出してやるということで契約成立。
ぼくは甘いものは得意じゃない彼のために、ビターチョコを溶かして、固めた。それだけだけど、模様のついたカップに入れて、アラジンだかアラザンだかって銀の粒をぱらぱらってしたら、それらしく見えた。
翌朝、バスの中で、ぼくはそれを彼に渡した。妹が選んだ可愛いラッピングが見えないように、それを更に茶色の紙袋に入れて。彼は紙袋を開けもしなかったけど、中身は察したみたいだった。
「んじゃ、俺も」彼はぼくのほうを見ないで、ぼくと似たような紙袋を突き出してきた。ぼくも照れくさくて、その場では確かめられなかった。
家に帰るとすぐ、開けた。手作りじゃないけど、ピンクのパッケージのチョコが入っていた。バレンタインシーズンに、男がチョコ買うのって、すんごく勇気が要るはず。しかもこんな、可愛らしいの。彼はどんな顔してこれ買ったんだろう。それを想像したら、おかしくて、笑ってしまいそうになる。
パッケージを開けたら、これまた可愛い犬の顔したチョコが入ってて、ますます笑ってしまいそうになった。ちょっとかわいそうだけどワンちゃんを1個口に入れて、それは中に苺ジャムみたいのが詰まってて、すごく甘かった。甘すぎるぐらいだった。けど、彼はきっとぼくがこういうの好きなんだろうって想像してくれたと思ったら、ちょっとだけ、泣けてきて、涙はしょっぱくて、チョコは甘くて、やっぱり彼との思い出って、こんな味なんだなあって、思った。
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