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第25話 Raindrop - Side Caffè e Latte - (for うんこ様)
*SSクイズ正解者景品作品 リクエスト「『Raindrop』の相手目線の話」
*元SS→https://fujossy.jp/books/4693/stories/82562
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怪我をした。日常生活には困らないけど、もうこれで最後の夏をマウンドで迎えることは絶望的。そんな怪我。引退したって誰も文句は言わないだろう。先輩にも後輩にも好かれてないのは知ってる。でも嫌われてたって平気だった。それだけ俺の実力があるってことだから。俺の実力の前にはみんな黙るしかないって証拠だから。そう思えば、むしろ良い気分だった。
マネージャーで残るという手もある。1コ上の先輩にもいる。でも彼は、もともと体が弱くて、最初からレギュラーさえも目指してなかった。1年生の時、弱小校との練習試合にお情けで一度出してもらっただけで満足して、自分からマネージャーに志願したって。いつも穏やかだけど相手チームの研究とかすごくて、みんなからの信頼も厚い。俺も先輩はすごいと思う。でも、俺が目指すのは、チームをベンチから応援することじゃない。
手術して、騙し騙し続ける方法もある。でも、もう既に2回手術した、俺の肘。これが最後の手術と言われてる。もう、人工骨で補強するにも土台となるものがボロボロで無理なんだってさ。手術前後は練習もできないし、手術後のリハビリだって大変だし、そこまでやったって、延命できる選手生命はごく短い。今のペースでタフな運動を続けないなら、しなくてもいいどころか、することの負担のほうが大きい手術だ。つまり、選択肢なんかなかった。
退部届はもう書いた。
辞めます。
あとはそれを顧問に出して、そう一言言えばいい。
そう思って、ここ数日、毎日持ち歩いてるけど、まだ渡せていない。もう行く意味なんかないのに、いつもの習慣で、朝練に間に合う時間に学校に向かってしまう。学校に着いて、校門から一歩足を踏み入れようとして、その先には行けない。結局、学校の周りをチャリでぐるぐる回って時間潰して、一般生徒が登校する頃に戻ってきて、みんなに紛れて教室に向かった。
そんな自分が嫌で、気分を変えたくて、今朝はいつもと違う道を通ってみた。いつもと違うと言っても、雨の日は通る道。その先にバス停があるから、雨降りの日だけは、歩いてこの道を通る。
自転車だと傘を差して歩く時とでは、視界が違うんだ。そんなことに気が付いて、周りを見渡した。
その時、目に入った。
少し先の一軒家の二階。窓からにょっきり伸びた、誰かの腕。
「何してるんだろう」
そう思いながら、その家の前を通る。腕の主の顔が、一瞬だけ見えた。
「あ、あいつ」
それは、時々、バスで会うクラスメートの男。すごく仲良くはない。だからつまり、雨の日にだけいつもよりちょっと親しくなる、そんな不思議な関係。目がくりっと大きくて、俺がやったら部活の先輩からドツキまわされそうなぐらい、男にしては髪も長いから、ちょっと見は女子っぽいかも。しゃべり方も柔らかくて、なんつうか、癒し系。
今日、雨降れば良かった。そしたら、あいつとバス乗って、あの優しい声に癒されて、俺のこんなイライラした気持ちも収まったかもしれないのに。
そう思った翌日、俺の祈りが通じたのか、朝から大雨が降った。バス停に行くと、いい具合にあいつはバス待ち列の最後尾にいた。「おはよう」って言うと、にこっとして「おはよう」って。ああ、なんか、これだけで、ふわっと心が軽くなる。
でも、その後だ。俺はバスのカードも忘れ、ついでに財布まで忘れてたんだ。制服のポケットを探しまくる、最悪にカッコワルイところを見せた上に、恥をしのんで、あいつに金を借りた。でもあいつは、馬鹿にすることなく、いつもの優しい笑顔で。しかも、昼メシのことまで心配して、その分の金まで貸してくれた。なんて気が利くんだろう……。でも、ちらっと見えたあいつの財布、俺に千円札を差し出した後は空っぽに見えた。
その金で、昼休みには購買にパンを買いに行った。いつもだったら、コロッケパンに焼きそばパン、それにおにぎりも2個ぐらいつけたくなるんだけど、一番手前の苺ジャムのコッペパンが目についた。こんな甘そうなの、食ったことないし、食おうと思ったこともない。でも、あいつがこれを食べてる姿は何度も見たことがある。なんとなくそれを手にした時には、人気の総菜パンはどんどん売り切れてしまって、なんとかラスト1個の焼きそばパンだけ確保した。その2つのパンと紙パックのコーヒー牛乳を買って、教室に戻ると、あいつの姿がなかった。
弁当、持ってきてるって言ってたのに。弁当の時には、いつも、教室で食べてたのに。
ふいに空っぽの財布が頭に浮かんだ。……あいつ、俺に金貸したせいで、昼飯食えないんじゃないのか?
だってあいつ、そういう奴なんだ。
掃除当番、俺が委員会だ部活だってボヤいてると、代わりにやってくれた。体育の時に俺が強く投げ過ぎて遠くに飛ばしちゃったボール、休み時間を犠牲にして探しに行ってくれた。別に俺、あいつをパシリにした覚えないし、けど、あいつは、いつも「僕は部活やってないし暇だからいいよ」とか「さすが強肩だね、すごいな」とかって、なんか。なんかさ。
俺はあいつのいそうなところを探した。教室にいないんなら、中庭とか、ランチルームとか、そんな目立つ所にはいない。きっと、目立たないところで。ひとりで。
あ。見つけた。
屋上に続く階段のとこ。屋上は鍵がかかってて出られないから、普段、人はいない。その一番上の段に、ちょこんと座って、膝抱えてる、あいつ。
「こんなとこにいた。」
俺が声をかけると、大きい目をより一層まん丸にして、驚く、あいつ。
案の定、弁当なんかなくて。俺は、苺ジャムのコッペパンをあいつにあげた。焼きそばパンだって惜しくないけど、こいつのことだから、きっと受け取らない。そんなこと考えてたら、苺のパン、半分こにして、俺にくれた。初めて食べるそれは、甘いけど、マーガリンの塩気も効いてて、初めて食う味で。俺の反応を確かめるように見上げるあいつの顔。自分の好物が俺にどう評価されるのか、ドキドキしながら待ってる顔。それが、なんか。なんかさ。
うまいよ、って言ったけど、本当はもう、なんだかよく分かんなくなってた。とりあえず半分こしてもらったのが嬉しかったから、俺の焼きそばパンも半分こにして、あいつにあげた。口の中カラッカラになって、コーヒー牛乳を出した。そしたらあいつがちょっとだけ咳きこんだから、やっぱり同じようにカラッカラなんだろうって思って、コーヒー牛乳を渡した。遠慮がちに一口飲んで、その時のどぼとけが上下したのを見て、やっぱりこいつ男だって思って、でも、やっぱり可愛いって思って。
可愛いって思っちゃった自分に、気が付いて。
あいつの顔をまともに見られなくなって、慌ててコーヒー牛乳流し込んで、でもちっとも落ち着かなくて。だって、こんな、こんなの。
「間接キスだ。」無意識に口走ってしまった言葉。あいつにもきっと聞こえてて、だから急に立ち上がって、俺にはこれじゃパンが足りないから買ってくるとか、そんなことを言いだしたんだろう。
俺、知ってた。そんな風に、あいつは、いつも俺のこと見てたの、本当は気付いてたよ、俺。そんで、いつの間にか、そういうあいつの姿を、俺も探すようになってた。
自覚したら、もうだめで、あいつの手をつかんで、キスをした。
これって、なんの味だろう。コーヒー牛乳かな。
キスした後、真っ赤な顔で俺を見上げるこいつの顔を見て、思った。
今日、退部届を出しに行こうって。
自分にやれるだけのことはやったんだからって、急に思えた。
バスの中で繰り返し、こいつが、すごいって。いつもがんばってるよねって言ってくれたから。怪我した後だって、俺はがんばってるよって。部活続けるとしても、そうじゃなくても、応援するよって、言ってくれたから。俺にはこれしかないって思っていたものだけど、できなくなっても俺は大丈夫だって思えるようになった。できなくなった俺でも、こいつはきっと。
退部届を出したら、ちゃんとこいつに言おう。
明日からは、雨の日も晴れの日も、一緒にバスに乗ろうって。
それと、好きだよ、って。
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