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第29話 2,980円 ○○し放題 (for 柳松 織様)
*SSクイズ正解者景品作品 リクエスト「2,980円 ○○し放題」
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【2,980円 ○○し放題】
雑居ビルの3階の大きな窓ガラスに、そんなポスターがデカデカと貼り付けられているのを見た。普段はそんな風に見上げることはない。そのビルの1階にはカフェがあって、俺は仕事場として頻繁に利用しているのだが、今日来てみたら臨時休業だったんだ。それでどうしたものかと天を仰いだら、そんなものが目に入ったというわけ。
○○し放題。何がし放題なんだ。普通に考えたら、飲み放題、食べ放題の類だろう。だが、それだったら「90分焼肉食べ放題」なり「2時間飲み放題」なり書くものじゃないのか? 良く見れば、店名も電話番号もない。いったい、なんなんだ。
俺はコピーライターだ。職業柄、こういったことは気になって仕方がなくて、3階まで上がってみた。3階建てのこのビルにはエレベーターがないから、階段で。日頃の運動不足がたたり、それだけで息が切れる。これでもまだギリギリ20代なのだが、やっぱり、不摂生が過ぎるのだろうか。
3階にはドアが3つ。ひとつは外階段に通ずる非常口。ひとつはトイレ。そして、もうひとつ。やっぱり何の表札も出ていない。ポスターこそ貼りっぱなしだけど、もう廃業した店なのかな。
そんなことを思いながら立っていると、突然ドアが開いた。予想外のことだったから、「うわっ。」と声を出してしまう。
「いらっしゃいませ。」そう言ったのは、こんな雑居ビルには似合わない、ものすごい美少年だった。でも、その声は低くて、少年と言うほど幼くもないのかもしれなかった。
「あ、いやっ。お客ではなくてですね。下のカフェに来たら休みで、そしたら、ポスターが目に入って、何屋さんなのかなあと気になって。こちらは焼肉店か何かですか?」
「うーん、そうですね。あなたがそう望むなら、焼肉ぐらい、してもいいけど。」
「はい?」
「どうぞ、中に入って。」
危険だ。どう考えてもヤバイ店だ。まともな看板も出さずに営業しているだけでも怪しげなのに、この流れは、ヤバい。そう思ったけれど、どうしてだか俺は、ふらふらと入ってしまったのだ。
中に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。そう広くもない部屋が、さらに細かく区切られていて……そう、インターネットカフェというか、漫画喫茶というか、ああいった個室が並んでいた。でも、そのひとつひとつのドアは重厚だし、敷かれた絨毯も壁紙も高級店のようで、それがまた店内の異様さを強調していた。
「お好きな子を選んで。まずは選び放題。」美少年が言う。選ぶ? 選ぶって。ああ、キャバクラで指名する女の子を選ぶようなものか。そう思いながらあたりを見たが、そういった写真リストのようなものはどこにもない。すると美少年が、手前の個室のドアの一点を指差した。そこにはのぞき穴程度の小窓が開いている。覗くと、中に人がいることが分かった。気配を察したのか、リクライニングシートを傾けて横たわっていた向こうもこちらを見上げた。すらりとした、ハーフ顔のイケメン。モデルみたいに恰好いいのは認めるけれども。
「……男?」と呟いた。
「そう。そこだけは選べない。顏や年齢や体型はいろいろ取り揃えているけど。」と、にっこり笑う美少年にドキリとする。俺にはそういった趣味はないはずだが、さっきから妙に心惹かれるのは何故なんだ。
「きみは? きみは選べないのか?」と俺は聞いた。
美少年はまたもにっこりと笑う。「光栄です。じゃあ、こちらへ。」
美少年に促されるままに奥へと向かう。途中でちらちらと他の個室の小窓を見ると、やはりどの部屋にも男がいた。美少年が言っていたように、若いイケメンだけでなく、髭面のムキムキマッチョもいたし、すこしぽっちゃりしたスーツ姿の中年もいた。防音はしっかりしているのか、物音は一切聞こえない。高級そうな絨毯はふかふかで靴音すらせず、前を歩く美少年の、ゆったりしたブラウスの衣擦れの音だけがかすかに聞こえる。
一番奥の個室。VIPルームか何かか。もしかして割増料金がかかるのか。いや、そもそも「そういう」店なのだとしたら、2,980円はいくらなんでも安すぎる。そこからいちいち、手を握ったら1万円、キスしたら2万円、気が付いたら何十万円、なんて法外な金額を拭っ掛けられるんじゃないのか? そして、逃げようとすると強面の男たちが出てきてさ。俺は今更そんな恐怖におびえた。
「あ、あの。」
「何か?」
「金、そんなにないんで、やっぱりやめとくよ。」
「3,000円ぐらい、あるでしょう?」
「あるけど、どうせそれだけじゃ済まないでしょ。」
「それ以上のお金なんて一銭もいただかないけど?」美少年はプライドを傷つけられたと言わんばかりにツンと上を向く。そうすると天使のようだった彼の表情が一気に凄みを増したように見えて、その豹変ぶりに俺はいよいよ怖くなった。
俺は財布を出して言った。「分かりましたよ。今、3,000円払いますから。何も要らないんで、もう、帰ります。」店に入っただけで3,000円はもちろん高い。だが、この先、その何倍も何十倍もボッタクリに遭うことを思えば。
美少年は笑った。また天使モードだ。「そんなに怖がらないでよ。じゃあ、お話だけでも。ね。」
美少年は個室の中に入っていき、俺は頭の中に警報が鳴り響くのを感じながらも、つい誘惑に負けて、それについて行ってしまった。
個室に入る。さっき覗いた部屋の3倍ほどもある。やっぱり特別室なのだろう。
「ねえ、なんでもし放題なんだよ。おしゃべりし放題でもいいけど、本当にいいの?」美少年はゆっくりと近づいてきて、俺にキスをした。抗う理由もなくて、俺はそれに応えてしまった。キスだけで腰が溶けてしまいそうだ。舌のねっとりした感触に全身が覆われる気がして、股間が熱くなる。そのことは彼にも伝わってしまったようで「感度がいいね。キスが好き? 他のところにもしてあげるよ? それとも、あなたが僕にしたい? 好きなところにキスしていいよ。キスし放題。」彼はそう言いながら、リクライニングのソファに深々と座り、ゆっくりと両脚を広げた。体が柔らかいようで、両脚を180度近く開脚し、ソファの両肘掛けに乗せてみせた。「たとえば、ここの、足の付け根とか。」ブラウスをたくしあげ、ズボンのファスナーを緩めて煽る。
気が付けば俺は彼のズボンを脱がせて、再びさっきのように開脚させ、下着の上からそこを撫で、きわどいところまで口づけを繰り返していた。ここまでしてしまったら、もう、後戻りはできない。
隠すより強調するためとしか思えない下着。男物にもこんな色っぽい紐パンがあることを知る。だが、その真ん中の膨らみは、男性であることの証にほかならない。
「あん、もう、早く挿れたい。」股間に俺の頭を押し付けるようにして、彼が言った。
え?
……えええ?
「おい、今、なんて?」
「何が?」
「俺が、そっちだろ?」
「は? そんなこと決まってないだろ?」急にぞんざいな口調になったかと思うと、俺はすごい力で組み伏せられた。やばい、やっぱりどこかに屈強な用心棒みたいな奴が見てたりとか。
……しない。
俺を押し倒しているのは、さっきの、あの美少年、だった。
「やっぱ、すっげえ好み。」彼はそう言って笑った。こいつ、美「少年」なんかじゃねえ。完全に雄の顔してる。「最近全然さえないヤツばっかでさ。物足りなかったんだよね。」
なに? 何が起きてるの、今? この人、何言ってるの?
「あー、俺、どっちでもイケるけど、お兄さん可愛いから、処女欲しいんだよね。大丈夫、俺、上手いから。」
何が起きてるのっ。
「あの、俺、やっぱ、帰り、たい……です、けど。」
「うっそぉ、さっきキスだけで勃ってたくせに。」彼は、流し目をして、長い髪をかきあげた。そうしていると色っぽい美少年にしか……。でも、でもっ。
「すみません、ほんとすみませんっ。」逃げようとする俺の肩をガシッと掴まれる。
「だめだってば。ここ、俺の店。ほら、最近よく見るだろ、俺のフレンチだの、俺のイタリアンだの。あ、それとはまったく関係ないんだけど、ここは『俺の』し放題、の店、だから。」
「……えっ?」
「逃がさないよ。時間制限なしだから、たっぷり楽しませてね。」
俺はまたあの濃厚なキスをされ……。そして、思ってしまったんだ。
「美少年にやられる放題」ってのも、いいかもなって。
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