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第60話 特別な日 *「星月夜」番外編
満月の夜に姿を変えるきみは、新月にはまるで反応しない。もちろん三日月なんてどうでもよさそう。では、今夜のきみはどうなるのだろう。僕はそれを想像すると胸がざわついた。期待と不安、双方の胸騒ぎ。
だって今夜は満月、それも、普通よりひときわ大きく見える満月、スーパームーン。その上、皆既月食が起こるというのだ。
僕はわざとのように窓のカーテンを開けておいた。きみの変化に、満月が見えるか見えないかは重要じゃないのは知っているけれど。
やがて夜が深まって、月がのぼる。きみはいつものように変化を始める。ビロードから大理石へ。四肢はすんなり伸びて。小さな愛らしい獣から、愛しい艶やかな少年に。そうしてまたミャアともナアともつかない鳴き声で、僕にしなだれかかる。ここまではいつも通り。
月が欠け始めた。僕らが肌を重ね、愛し合う間にも、どんどんと欠けていく。そうしてついに、すべてが蝕に入ると、青白く輝いていたはずの月は赤銅色になった。
僕は腕の中のきみを見た。いつもの満月の夜となんら変わらぬきみがそこにいた。
なあんだ、と心の内で呟くと、それを見透かすようにきみがぼくの背中に爪を立てた。ああ、そんなところも愛しくて仕方がない。
「愛しているよ。」そう言って、きみに口づける。きみは僕に頬をすりよせた。これもいつもと変わらないきみの仕草。
けれど。
きみはその時、言ったんだ。
「愛しています。」
それはどこかぎこちなくて、人の声真似をする鳥よりも変なイントネーションだった。だが、確かにきみは、そう言った。ぼくはきみに「ですます調」でなど話しかけたことがない。だから、これは、きみが意味を理解した上で、きみの意志によって発せられた言葉なのだと、そう思ってもいいだろうか。鳥みたいに意味も分からずただ音を返すだけではないのだと、真に僕を愛してくれていることの証だと、そう思ってもいいだろうか。
「もう一度言ってくれ。」僕はそう懇願したけれど、きみが言葉を発したのは結局、後にも先にもこれっきりのことだった。
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#うちの子版深夜の60分一本勝負
#本編「星月夜」→https://fujossy.jp/books/4137/
#2018年1月31日の皆既月食に寄せて書きました
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