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第61話 迷惑な常連客 + いとしのレイラ

西瓜のカクテル。毎晩飽きもせず頼む常連がいるから、真冬でも馬鹿高い西瓜を仕入れる。酒代に反映してるから店の損にはならないけど、すごく手間かかるんで俺の迷惑ではある。毎回作るとこガン見されて緊張するし。 「西瓜お好きなんですね」 「好きだよ。きみを一番長く、近くで見ていられるから」 ----------------------------------- #140字SSお題メーカー腐 #SS名刺メーカー ----------------------------------- このSSを作るきっかけの小さな実話「いとしのレイラ」 その昔、酒好きの友達に連れられて行った、隠れ家的な老舗のバー。外観も内装も古臭くて、インテリアのつもりか、煤けたようなジュークボックスが置いてある。 西瓜のカクテルをオーダーすると、小ぶりではあるけれど丸のままの西瓜を切るところから作り始める。種を丁寧に取り、ミキサーにかけ……と出来上がるまでに時間がかかったものである。これが、襟足は美しく整えられ指先まで優雅な動きの美老年か、熟してこその色気のある美中年、もしくは寡黙で美形なワケあり風美青年が作るのなら様になるが、「勧めておいてなんだけど、五十肩で西瓜切るのも億劫になってきちゃってね」などと明るく言うような、てんで雰囲気のない店主が作るのだ。それでいて出されるカクテルは滅法美味しいから困る。さては、外壁には蔦が這い看板は壊れかけ、営業中かどうか不安になるような店の佇まいも、意表を突く演出かと思えば、店内の壁には10年も前に取材を受けた雑誌記事がセンスなく貼られていて、単に無精で無頓着なだけらしい。 その7年後、全然違う街で、違う友人に連れられ、だがしかし、同じ手順で西瓜のカクテルを作る店に遭遇した。 ビールはハンドポンプで注がれるリアルエール、単にウィスキーと言うとアイラ・モルト、好事家のために葉巻も置いているというその店のこだわりぶりは、上述の店よりよほど洗練されているが、少なくとも西瓜のカクテルは同じ作り方だ。 主は、私より若い青年だった。彼に、先の店の名前を告げて、知ってるかと問うてみると 「僕の師匠の店です。一時期、その店に毎日通って」 と。 なんたる偶然! と感激していると、続く言葉はこうだった。 「あの店のジュークボックスにね、大好きな曲があったんです。お金があまりなかったから、酒なんかは1杯だけで粘りまくって、その曲ばかり何度も何度も聴いていたら、しまいにマスターにその曲は聴き飽きた、飲まないならこっちに入って手伝えって言われて、気が付いたらカクテル作るようになってて。それで、この店出す時にも、弟子の証拠としてこれは欠かせないと思って、ほら、そこに。ちゃんとあれ、音、出るんですよ」 彼の視線の先にはジュークボックスがあった。7人でぎゅうぎゅうのカウンターしかない店になんであんなかさばるものを、と思っていたら、そういう経緯だったのか。 で、彼がうんざりされるほど聴いていたのが、エリック=クラプトンの「レイラ」で、変な師匠の弟子は、やっぱり変だった、というお話。 でも、そこに恋が生まれないとも、限らないでしょう? だって弟子の店に連れて行ってくれた男友達は、「僕より若い店主なんだけど、実に楽しそうにお酒を作るんだよね。実際、彼のカクテルはすごく美味しくて、僕は最近、時間の許す限り通ってるんだ」なんて、うっとりした顔をしていたからね。

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