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12 尾行 2
プレイを終えて服を着た俺は、ぐったりと椅子に座り込んでいた。
今日は拘束具もおもちゃも使われず、ほぼ普通のセックスとも言えるプレイだったので、体はそれほど疲れていなかったが、その代わりに精神的にひどく疲れていた。
俺が自分の状況をきちんと報告できるようにすると宣言した男は、プレイの最中、たびたび俺に自分の体がどういう状態になっているかを説明することを要求した。
しかも、「乳首が立っています」程度の説明では許してもらえず、「ご主人様にかわいがっていただいた乳首が、赤くなってぷっくりとふくらんでいます。気持ちよくて、背筋がぞくぞくして、おちんちんがむずむずします」レベルまで詳細に説明することを要求された。
最後には「どんなふうにして欲しいのか、説明してみなさい」と言われ、「ご主人様のおちんちんで、僕のお尻の中をめちゃくちゃに突いて擦ってください」と口にしてしまった。
もう、さっき口に出してしまったこと全部、俺の頭の中からも、こいつの頭の中からも消し去ってしまいたい。
「私はそろそろ出ますが、疲れているのならもう少し休んでいくといいですよ。
時間まで、あと20分くらいはありますから」
男に声をかけられて、俺はハッとして立ち上がった。
今日の俺にとっては、これからの尾行の方がむしろ本番なのだ。
これくらいで、ぐったりしている場合ではない。
「いや、俺ももう出る」
「そうですか?
では下までご一緒しましょうか」
そうして男と一緒に部屋を出ると、エレベーターで1階に降りた。
チェックアウトのためにフロントに向かう男と「じゃ、お先」「ええ、また連絡します」とやり取りをして、俺はさっさと雑居ビル側に出る扉を開ける。
「関係者以外立入禁止」の扉をくぐり、ビルの外に向かいながら、俺はカバンから半袖のシャツとキャップを取り出し、駅とは反対側にある路地に入って簡単な変装をすませると、男が出てくるのを待った。
しばらくすると男が出てきて、まっすぐ駅の方へと向かったので、気付かれないようにあとをつけていく。
男は駅に着くと慣れた様子でICカードで改札をくぐったので、俺も男を見失わない程度に少し離れて男の後を追った。
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「普通のマンションだな……」
電車に乗った男を尾行したところ、男は乗り換えを挟んで降りた駅から15分ほど歩いたところにある、8階建てのマンションに入っていった。
さすがに怪しげな洋館に住んでいるとまでは思わなかったが、それにしたってあまりにも普通の外観のマンションに、俺は拍子抜けしてしまう。
外からは各戸の玄関は見えない造りなので、男が何階に住んでいるかはわからなかった。
賃貸か分譲かはわからないが、不動産屋の看板などが出ていないので、分譲の可能性が高いと思う。
男が入っていってしばらくしてから、さりげなく前を通ってみたが、管理人室っぽい小窓があるのがみえたから、マンションのエントランスに入るのは諦めた。
「よし、今日はこれで帰って、明日の朝また来よう」
男の出勤時間はわからないが、今日の午後から夕方まで俺と会っていたということは、今日は仕事が休みで明日は出勤する可能性が高いと思う。
明日、男がマンションから出てくるのを待って、また尾行することにして、今日のところは家に帰ることにした。
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翌朝7時過ぎ、俺は男のマンションの入り口が見えるところに隠れて待っていた。
もう少し早く来たかったが、朝起きれなくて結局この時間になってしまった。
まだ男が出勤していないことを祈るばかりだ。
……来た!
運のいいことに、30分も待たないうちに、男はマンションから出て来た。
男は白のワイシャツにネクタイを締め、髪もいつもとは違って整髪料できっちりセットしている。
いつもの上品さに加えて真面目そうな堅い雰囲気があって、俺と会っている時とはかなり印象が違うので、マンション前ではなく駅で待ち伏せしていたら見逃してしまっていたかもしれない。
男に気付かれないようにまたあとをつけていくと、男は昨日の駅から電車に乗った。
満員電車の中、男を見失わないように気をつけながら尾行すると、男は昨日とは違う駅で乗り換え、俺が降りたことのない駅で降りた。
改札を出た男は歩きながら、眼鏡をかけた。
曲がった時にチラッと横顔が見えたが、眼鏡のせいでさらに真面目そうな顔に見える。
駅を出て5分ほど歩くと、大きな総合病院の前に出た。
男はその病院の正面入口ではなく、横にある職員用らしき小さい入口から中に入っていった。
「医者だったのか……」
病院に勤めているのは医者だけではなく、看護師や事務員だっている。
けれども、あの男が医者だというのなら、すごく納得できる気がした。
スマホを出して病院のホームページを検索してみると、幸い医師の紹介ページがあったので、それぞれの科を順番に確認していくと、「訪問医療科」のページに、髪をきちんとセットして眼鏡をかけ白衣を着た、あの男の顔写真が載っていた。
「平岡 理一 っていうのか……」
担当科目は、内科・整形外科となっている。
男の勤め先と本名を確認できた俺は、とりあえず病院の前を通り過ぎて、近くにあったファストフード店に入った。
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ファストフード店に腰を落ち着けた俺は、アイスコーヒーを飲みながらネットの病院クチコミサイトで、病院名と平岡の名前を探した。
さすがに医者個人の名前を挙げているものは少なかったが、一件だけクチコミを見つけることができた。
患者の娘の書き込みで、『寝たきりの母をいつも丁寧に診てくれます。年寄りのわかりにくい話を根気よく聞いて、母も私も安心できるように説明してくれる、優しくて親切な先生です。』とある。
「優しくて親切だってさ……」
高校生を脅迫するような男のどこが優しくて親切なんだと思うが、その一方でなぜか、男が寝たきりのおばあちゃんに優しく話しかけている姿も容易に想像できるような気がした。
……俺のことも、治療してるつもりなんだろうか。
不意に、そんな考えが頭に浮かぶ。
俺は別に病気ではない。
けれども、男と——理一と出会ったあの日、俺は確かに悩みを抱えていた。
自分がゲイなのではないか、しかも男に抱かれたいと思う立場の人間なのではないかという俺の悩みや不安は、理一に脅迫され、何度も抱かれているうちに何だかどうでもよくなってしまった。
最初のうちは確かに、俺は自分が男に抱かれて気持ちよくなってしまうことが怖かったし、男に抱かれて気持ちよくなってしまう自分のことが嫌でたまらなかったのだ。
けれども、理一に「脅迫されているのだから君は悪くない」と言われ、快感を素直に受け取るようにと命令されたおかげで、俺は男に抱かれて気持ちよくなることに恐怖も嫌悪も罪悪感も感じないで済んだのだ。
もちろん、単純にSMという状況が異常過ぎて、そんなことはどうでもよくなってしまったというのもあるけど、とにかく俺が理一のおかげで、自分が抱かれたい側のゲイだということを受け入れられるようになったのは間違いない。
今まではあまり深く考えたくなくて目を背けていたけれど、今になって客観的に考えてみると、そういうことだったのだと思う。
だいたいあいつ、Sのくせに優し過ぎるんだよ。
そうなのだ。
理一はSで俺を脅迫しているくせに、俺に肉体的な苦痛を与えるプレイはほとんどしない。
俺が悪いことや間違ったことをすれば叱るけれども、その代わりにきちんと理一の言う通りに出来た時はその何倍も褒めて、俺を甘やかしてくれる。
SM用のホテルの会員であることや、道具の使い方に慣れていることや、あの死ぬほど恥ずかしい言葉責めの適切さからすると、理一がSであることは間違いないと思う。
けれども理一の俺に対する態度は、Sの脅迫者というよりは、むしろ患者の悩みに根気よく付き合う医者やカウンセラーに近い気もするのだ。
あいつ、ほんとに何考えてんだよ。
わけわかんねーよ。
この前、理一を尾行しようと決めた時は、自分を脅迫する男の職場を特定して、それをネタに取引して脅迫をやめさせようと考えていた。
けれども、こうして理一が俺にこれまでしてきたことの意味に気付くと、今はもう、そんな気にはなれない。
かといって、実際のところ理一が何を考えて俺とセックスしているのか本当のところはわからないし、俺自身も自分がどうしたらいいのか、どうしたいのかわからなくて、俺は頭を抱えたのだった。
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