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   side:理一(12、回想)

マンションのエントランスに入ると、管理人室のドアが開いた。 「平岡さん、かわいい男の子がつけてきてるみたいなんですけど、大丈夫ですか?」 「ええ、わかってますので大丈夫ですよ。  ありがとうございます」 「それならいいんですけど。  あ、もしかしてあの子、平岡さんのペットなんですか?」 「いえ。  残念ながらまだ違います。  出来れば飼いたいとは思っているのですけれどね」 普通の人が耳にすればギョッとするような会話だが、このマンションの中ではごく日常的な会話だ。 なにしろこのマンションは、管理人を含め住民全員がSかMという特殊なマンションなのだから。 住民の中にはワケありの人間もいるので、セキュリティはしっかりしていて、監視カメラも広範囲を映しているため、管理人はみちるが私のあとをつけてきているのに気付いて声をかけてくれたらしい。   「ああ、そうだ。  もしかしたら、あの子がまた来るかもしれませんが、申し訳ありませんが、他の方に迷惑をかけない限りは放っておいてもらえますか?」 「わかりました。  じゃあ、もし見かけたら平岡さんに連絡入れますね」 「ええ、そうしていただけると助かります」 そうして管理人と「おやすみなさい」と挨拶を交わし、エレベーターに乗って自分の部屋に行く。 みちるが私のあとをつけてきているのには、ホテルを出て、しばらくしてから気が付いた。 服を着替えて帽子をかぶっていたが、いくら夏休みでもあんなオフィス街に高校生がいたら、目立つのが当たり前だ。 それにそもそも、あれだけ人目をひく容姿をしているみちるは、尾行には向いていない。 どうやら、みちる本人には自分の容姿が整っているという自覚はあまりないようだけれど。 ———————————————— 全ての始まりとなったあの夜、なじみのゲイバーに飲みに行く途中で、高校生らしき少年を見かけた。 高校生が夏休みの開放感で大人の世界を体験しに来たのかと思ったが、それにしては妙に思い詰めた顔をしているのが気になった。 その子のあとをつけてみると、露出趣味と覗き趣味のゲイが集まる公園に入って行き、物かげからセックスをする男たちを覗き始めた。 やがてその子がその場を離れ、泣きそうな顔になりながら前かがみでトイレに向かう姿を見た私は、この子はまだ自分がゲイであることを受け入れられないでいるのではないかと気付いた。 そしてその子が運よく覗き穴のあるトイレの個室に入り、動画を撮っている私には気付かずに自慰を始め、達した直後につぶやいた「くそっ」という、ゲイである自分に対する嫌悪感のこもった声を聞いた時、私は彼を罠にかけることを決めた。 これまでにも、SMの世界に足を踏み入れたばかりのMを調教したことは何度かある。 しかし、さすがにMの自覚がないどころか、自分がゲイであることすら認められないでいる男を調教したことはない。 この子がMかどうかはわからないが、大抵の人間は多かれ少なかれMの要素を持っているものだから、試してみる価値はあるだろう。 この子を自分の手で一から育て上げて、立派なMに調教することを想像すると、楽しみでぞくぞくする。 そうして私は、撮ったばかりの動画を再生し、トイレから彼が出て来るのを待った。 ———————————————— 実際に接してみると、幸いなことにみちるにはMの素質があった。 とはいえ、一般的にMという言葉でイメージされる、痛みや苦痛を快感ととらえられるタイプのMではない。 ただ1人の飼い主に可愛がられ、かまってもらえることに喜びを感じるタイプのMだ。 飼い主に愛されるためなら飼い主の言うことには喜んで従うし、飼い主が望むなら苦痛も快感にすり替えることができるだろう。 今はまだ、そこまでの段階には到達してないが、このまま少しずつ調教していけば、きっとみちるはそんなMに成長するだろう。 私には最初、みちるを立派なMに調教したいという欲求しかなかった。 調教した後はいつものように、みちる本人の意思を聞いて相性のいい主人(マスター)を見つけてやるなり、決まったマスターを持つ気がないなら、一般的にいうセフレのようにたまに会ってプレイを楽しめればいいと思っていた。 けれども、実際にみちるとのプレイを重ねていくうちに、私はみちるのことがだんだんかわいくて仕方なくなってきて、みちるのことを一生飼いたいと思うようになってきた。 どうやらみちるは両親にあまり構われていないらしく、そのせいか、私が褒めたり頭を撫でてやったりするのをひどく喜んだ。 みちるは今時の高校生らしく生意気な口は叩くが、本当のところは真面目で素直ないい子だ。 そんなみちるが私に少しずつ懐いてくれるのはかわいくて、このまま私好みのMに育てて一生側に置きたいと思うようになったのも無理のないことだと思う。 普通の人からしたら、私のこういう考え方は異常だと思うだろう。 けれども実のところ、これは一般的な恋愛感情と大して違いはないのだ。 愛した男性のことを可愛がってかまい倒して、私のことしか考えられないようになるまでどろどろに甘やかして、そうして彼も私のことを愛するようになってくれたら、互いに終生の愛を誓い合いたいと願う。 ほら、普通の恋愛と何も変わらない。 ただ、その方法がSM独特のものだというだけで。 まだ高校生のみちるのことを思えば、こんな特殊な恋愛をさせるのは可哀想なのかもしれない。 けれども私はその分、みちるのことを普通の男と恋愛するよりも何倍も幸せにするつもりだ。 それもこれも、みちるが私のことをただの脅迫者としか見ていないなら意味のない話だが、プレイの最中のみちるの様子を見ていると、自覚はないかもしれないが、みちるも私のことを少なからず想ってくれているように思う。 こうして今日、私のあとをつけてきたのも、深層心理ではきっと私のことをもっと知りたいという気持ちがあるからだろう。 おそらく尾行のきっかけは、私が前回プレイ中に仕事の電話を受けたことだろうから、きっとみちるは近いうちに、私の職場を調べるためにまた尾行しに来るだろう。 私の職場を知ったみちるがどうするつもりなのか、今から楽しみだった。

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