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16 飼い主
自分が理一のことを恋愛の意味で好きだと気付いてから色々考えてみた俺は、結局。正直に自分の気持ちを理一に打ち明けようと決めた。
理一の奴隷 である俺としてはやはり、今の自分の状況を理一に報告して指示を仰ぐべきだろう。
プレイ以外でそうする必要はないのかもしれないけれど、そうやって理一に教えられたことを実行すれば、少しでも印象が良くなるのではないかという打算もある。
正直、理一がどう思うか全くわからないし、もし運良く俺の気持ちを受け入れてもらえたとしても、これからもずっとあの恥ずかしいプレイを続けることになるのかと思うと不安もあるけれど、とにかくやってみようと思う。
「できたらプレイ中に言えるといいんだけどな……」
理一相手にマジ告白とか恥ずかしすぎるけど、プレイの最中ならあの独特の雰囲気のせいか恥ずかしいことも割と平気で言えるので、プレイ中の方が告白してしまいやすい気がする。
けれどもプレイ中に言える機会があるかどうかわからないし、タイミングが悪ければ本気と取ってもらえない可能性もあるので、その辺は状況次第といったところだろう。
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次に理一の呼び出しがあったのは、あと3日で夏休みが終わるという日だった。
おそらく夏休み中に呼び出されるのはこれで最後になるだろうから、やはりなんとしても今日決着をつけるべきだろう。
「着ているものを全部脱いで、ベッドに横になりなさい」
「はい、ご主人様」
理一の命令に従って、バスローブと下着を脱いでベッドに上がって仰向けに寝転ぶ。
理一はベッドに付いている手枷足枷で俺を拘束すると、一糸纏わぬ姿の俺を頭のてっぺんから足の先までじっくりと眺めた。
理一に裸を見られるのなんてもう慣れたと思っていたけれど、今日は理一への気持ちを意識した後のせいか無性に恥ずかしい。
恥ずかしさでいつもよりも体温も上がっている気がして、顔や体が赤くなっていないか心配だ。
時間をかけて俺を眺めた後、理一は指先で俺の頬に触れた。
「今、どんな気分ですか?」
理一のその言葉に、初めてこのホテルに来てベッドに拘束された時、理一に同じように問われたことを思い出す。
あの時たしか俺は「不安です」と答え、そして理一にその気持ちを覚えておくようにと言われたのだった。
今もあの時と同じように、プレイの前はいつも、今日は何をされるのかという不安はある。
でも今は、それだけではない。
「不安も、少しはあります。
でも今は、それよりも期待の方が強いです。
今日はどんなことをさせられるんだろうって思うと不安だけど、でも、今日はどんなふうに、どれだけ気持ちよくしてもらえるんだろうっていう期待の方が強いです」
たぶん最初のあの時も、俺は少しは期待していたんだと思う。
あの時の俺はすでに公園のトイレで理一に快楽を教えられていたのだし、もし本当に不安しかなかったのなら、おとなしく呼び出しに応じなくても他に何か手があったはずだからだ。
あの時の俺は、そういう期待があることを自分で認めることができなかったけれど、今はもう、こうやってそれを認めて口にすることができる。
自分の欲望を認め、それを口にすることは恥ずかしい。
けれども、恥ずかしいことは悪いことじゃないと、理一が教えてくれた。
俺が恥ずかしいことを言ったりしたりしても、理一はそれをむしろ褒めてくれるから、だから俺は理一の前でならいくらでも恥ずかしいことが言える。
「よろしい。
それでは今日も君の期待に存分に応えてあげましょう」
理一の答えに、俺は小さく喉を鳴らした。
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理一は宣言通り、十分すぎるくらいに俺の期待に応えてくれた。
今日も理一に翻弄され続けた俺は、プレイの最中に告白するどころか、そのこと自体、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
あー……シラフだと言いづらい……。
それでも今日、告白しようと決めたのだから、と起き上がってバスローブを着ていると、先に起きていた理一が自分のカバンから箱を出して、俺に手渡してきた。
「何?」
「開けてみてください」
「……え、首輪?」
箱の中には、以前の犬プレイの時につけたような皮の首輪が入っていた。
薄い茶色の首輪は、あの時のものよりもずっと上質の柔らかい皮でできていて、これなら首に皮が触れていても皮膚を傷付けることはなさそうだ。
首輪の外側には、小さな金属のプレートが付いている。
そのプレートには『Riichi’s dog』と——理一の犬、と書かれていた。
「これ……」
はっと顔を上げると、理一は真剣な顔で俺を見ていた。
「もし君が、一生、私に飼われる覚悟があるのなら、これを受け取ってください」
「一生飼われる……」
俺は呆然と理一の言葉を繰り返す。
『犬』も『飼う』も、本来は人間に使うべき言葉ではない。
それなのに、プレートに書かれた言葉と理一の言葉の意味を噛み締めていると、心の中にじわじわと喜びが広がってくる。
「あの……いくつか聞いてもいい?」
「どうぞ」
「俺の他にも、その、お前が飼ってるやつっている?」
「いえ、以前にいたことはありますが、今はいません。
君が望まない限りは、これからも他の犬を飼うつもりはありません」
「それじゃあ、えっと、『飼う』って、その、プレイの意味でだけ?」
つっかえながらの割には前のめり気味の俺の質問に、理一は少し微笑む。
「いえ、君さえ許してくれるなら、プレイの時以外の君も丸ごと全部飼いたいと思っています」
「じゃあ、それって、その、付き合うってこと?」
さらに食い気味にそう尋ねる俺に、理一はつい、といった感じで少し笑う。
「ええ、そう受け取っていただいてかまいません」
ようやく理一からわかりやすい答えをもらえた俺は、改めて首輪を見る。
付き合うと思ってもいいとは言われたものの、その印が首輪である以上、これからも変態じみたプレイに付き合わされることは目に見えている。
それでも、理一の口から出た「一生」という言葉と、俺が理一のものだと主張する首輪のプレートの文字を見ると、不安よりも嬉しさの方がはるかに上回っていた。
俺は首輪を箱から取り出して、両手で理一に向かって掲げ持った。
「俺を、僕を、一生飼ってください」
普段の自分も、プレイの時の自分も、その両方をという意味を込めて、そう口にする。
「いいでしょう。
それでは私は、みちるのことを、一生かわいがって大切に飼いましょう」
そう言うと理一は、俺の手から首輪を受け取り、自らの手でその首輪を俺の首につけてくれた。
「うん、よく似合いますよ」
理一は満足そうにそう言うと、俺を抱き寄せて、犬をなでるみたいによしよしと頭をなで、それから俺の頬に手を添えて軽く口づけた。
それは、初めてのキスだった。
「なあ、俺がお前のこと好きになったって、わかってたの?」
なんとなく照れくさくて、理一の肩に顔を埋めながらそう聞いてみる。
考えてみれば、俺が告白しようと決めたその日に、こんなふうに首輪を用意しておくなんて、ちょっと準備が良すぎると思う。
「ええ、もちろん。
これでも君の飼い主ですからね。
……というのは建前で、これでも本心では緊張していましたよ。
もしあなたが首輪を受け取ってくれなかったらどうしようかと」
「そうだったんだ……」
いつも俺のことを全部わかっていて、さっきも余裕がありそうに見えた理一がそんなふうに感じていたと思うと、ちょっと意外だ。
けれども、理一も俺のことを本気で好きでいてくれるから、そうやって緊張したのかなと思うと、なんか嬉しい。
「けど、本当に俺でいいの?
俺、マゾじゃないのに……」
そう聞いてみると、理一は「え?」と意外そうな声をあげた。
「まだ気付いてなかったんですか?
君には立派にMの素質がありますよ?」
「ええ?
けど俺、鞭で打たれるのとか痛そうで無理だし、それにあの公園で他の奴に見られたり触られたりするのも絶対嫌だと思ったし……」
「けれども、言葉責めでも、犬プレイでも、君はちゃんと付いてきてくれたでしょう?
Mの素質が全くない人なら、ああいうプレイは馬鹿馬鹿しいと冷めてしまうのが普通ですよ」
「あー、そうか……」
そう言われてみると、馬鹿馬鹿しいとは思いつつも感じまくってしまった俺には、Mの素質があるんだろうか。
「心配しなくても大丈夫ですよ。
君は私が見込んだ奴隷 なのですから、今はまだ無理でも、少しずつ覚えていけば、ちゃんと鞭でも感じられるようになりますよ」
「えっ……」
自信満々の理一に、俺はかなり不安になる。
「まあ、焦ることはありませんよ。
時間はたっぷりありますから」
「うう、お手柔らかに頼む……」
「ええ、もちろん」
こんな男に飼われることを誓うなんて、ちょっと早まったかなと思う。
それでも俺は、機嫌がよさそうな理一の腕におとなしく抱かれたまま、逃げ出そうとは思わなかった。
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