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第1話

 「ハジメマシテ、ザッカリー ヘイワード とイイマス、ヨロシクおネガイシマース」  わざと少し変に発音する。そうすると「えー、日本語上手!」と受ける。別に受けを狙っているわけじゃないけれど、都合の悪い時に分からない振りをするのに好都合。  今は何も楽しいこともない、ただ毎日が退屈なだけだ。4月になって大学生になったそれだけ。変わった事と言えば、一人暮らしを始めて、時々匠の家に遊びに行く事があるくらいだ。  一番の俺の落ち込みの原因は匠と蓮。いや、正確にはあの匠だ。  蓮が昔のことを覚えていないのを良い事に、匠は蓮に無茶を言う。この前だってそうだった。  「蓮、どうしたの?ただいまのキスはいつからなくなったの?寂しいよ、昔のお前はいつもしてくれたのに」  そんな馬鹿なことを言いだした、そんな事を人前で蓮がするはずがない。そもそも俺の目の前だというのに。  それなのに連はまるで自分が大切なことを言われたように、顔を赤らめながら匠に近づいた。そして、事もあろうか匠の頬に軽く口づけた。  あいつの勝ち誇った顔も腹が立つが、なんでも匠のいうことを素直に聞く蓮もどうかと思う。  「はあっ?嘘だろ、何してんの蓮?」  俺のその言葉に驚く連と、笑いをこらえきれない匠の顔と。まあ、ムカつく。しなくても良いこの先の二人の夜まで想像して、必要も無いのに勝手に落ち込む。  いちゃつくなら俺が帰ってからにすれば良いのに、いちいち牽制を入れてくる匠がうざい。今更、どうこうできると思うほど俺もめでたくは無いのに。  「はあ……」  ため息が出る。これから帰って、夕飯の支度でもするかと考えた。蓮のお母さんのおかげで、俺はすっかり日本食が好きになり。料理も得意になった。特に「うまみ」って言葉が気に入っている。アメリカにはない味の表現方法。  考え事をしながら、大学のカフェテリアから外に出ると、何故か目の前の地面に誰かが突っ伏して転がっていた。  「何してんの?」  驚いて思わず普通に話しかけてしまった。まずい、日本語覚えたての外国人って設定狂ったかもしれない。  「えと、あの。すみません、今転んじゃって」  「はい」と手を差し出した。  「あ、ありがとうございます」立ち上がろうと俺の手を取ったその子は「うわあっ」と驚いて今度は尻餅をついた。  「がっ、外人さんっ!」  今時、こんな反応する子っているんだ。驚き。

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