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いつも、夢を見ていた。 自分は誰だっけ、どうしてここにいるのだろう。どうして生きているんだろう。臓物を撒き散らして喰われたはずの体は、なぜまだ動くのだろう。腹を裂かれるあの痛みを、俺はまだ覚えている。 道端の雑草は生える間に踏まれ、枯れていく。人が多い繁華街には、雑草すら生える事なく、コンクリートに塞がれて地に埋もれていく。 俺はずっと、それがみじめな事だと思っていた。 「………あぁ、起きたかい?優呉。ほら、検診の時間だよ」 優しい声音が聞こえて重い瞼を持ち上げた。最初に見たのは、透明な、管。それから、揺れる金糸。等間隔で耳に届くぴ、ぴ、と言う音に、真っ白な天井。 「―――――――、いき、くるしい」 「大丈夫。すぐに戻るよ」 優しく頭を撫でられて、また目を閉じる。大丈夫、大丈夫、そう繰り返す声が聞こえて、微睡みの中に落ちていった。 徒花と、すみれ草 開拓が進み、最近開けてきた街が眼下に広がる。山というわけではないが、少しだけ小高い場所に建つ家。桜庭邸と呼ばれている、中世の建物を踏襲したような造りの家だ。 「検診の時間って、言うか、兄貴の仕事の都合だろ」 シャンデリアが吊り下がる豪奢なリビングには不釣り合いな革張りのソファに座り、溜息を吐きながら足を組んだ。 「不機嫌だね、優呉」 ワイシャツのネクタイを締めながら困ったように笑う、嫌味なほど綺麗な顔をたたえた男――桜庭湊は義理の兄であり、育ての親でもある。流れるような長い金色の髪を後ろ手にゆい、それにしても、とつぶやいた。 「やっと整った体なのに、この家を出たいなんて話をするとは思わなかったよ」 「…ひと月に一度は帰ってくるって言っただろ」 「検診は必要だからね。この街の図書館はもういいのかい?」 「全部読んだけど、それらしい話はなかった」 不貞腐れたように答えれば、兄貴がわずかに笑いそうかとこぼす。俺が知りたい事を知っているはずなのに、教えない、話そうとしない。自ら知ることが重要だと言う。 「なら、どこに行くのかな?」 「ここからなら、眞洋や鬼城あたりが近い。だから眞洋の街に行く」 言いたい事を伝え立ち上がると、兄貴が待ちなさいと呼び止める。 「なんだよ」 「少しばかり、心配でね。その体、ようやく整ったから。私から離れるのは百歩譲って許すけど、困ったことがあったらすぐに帰るんだよ?」 「当たり前だろ?頼れるのは兄貴しかいないんだから」 そう言えば、近づいてきた兄貴にぽんぽんとまるであやすように頭を撫でられた。過保護な、兄だ。兄であり、死にかけた俺を拾い育てた親でもある。人ではない、色々と混ざった人型の化け物。 いつだったか、兄貴をそんな風に言った人がいたっけ。 桜庭邸をでて、少し先の駅に向かう。 桜が咲いた道はいつもより少し明るく見えて、眩しかった。 おろしたてのシューズははき心地もよくて、長く歩いても疲れない。少し厚手のコートに、灰色のストールを首に巻いて歩くとすれ違う人からの視線を感じた。それもそうだろう。四月も終わろうとしている時期だ。暖かくなり始め、厚手のコートはもう着なくても過ごせる気温。 「……さむ…」 でも、俺の身体は冷え切っていた。 閑散とした大通りを抜け、路地裏を歩き駅に着く。切符を買い、時間を確認すると、5分後には着く様だった。 この街を離れるのは、これで二回目だ。

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