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正直、あの家を離れることには不安はあった。俺の身体は少しばかり特殊で、ひどく冷たい。冷え性なのも、四季を通して常に厚着なのも全てこの体の体質だ。 俺はあの山で一度死に、桜庭湊によって生かされた。理由はわからないけれど、確かに今、生きている。 ふた山越えたところの駅に降り立ち、溜息を吐きながら軽いキャリーバックを鳴らし目的地を目指す。改札口を出たところで、ポケットから地図を取り出し、方角を確認した。 「………はぁ」 ため息しか出ない。自分で決めたことだが、大丈夫だろうか、と。 「あぁ、優呉」 ふと声をかけられ、足を止める。ん?と振り向けば、そこには前髪で目が完全に隠れてしまっている長身の男が立っていた。とは言っても、俺と背丈はあまり変わらない。 「……眞洋さん」 「ふふ、お久しぶりね」 もっさりとしたその髪型はどうにかならないのかと、毎回思う。 「折角、ビシッとスーツ着てんのにその髪…。変わらないっすね、眞洋さん」 「あら、そう簡単に変わらないわよ。それで?部屋を借りるのよね?」 「っす。兄貴に聞いたら眞洋さんの紹介なら安心って言ってたんで」 「えぇ、そうね。じゃあ案内するわ」 眞洋さんの髪は、ハニーブラウン。少し癖があって、ちょっと長い髪。兄貴はストレートだ。まっすぐ、ストンと落ちる金髪。似ても似つかない二人は、あまり仲は良くない。 眞洋さんの車に乗り込み、着いた先は大きなマンションだった。このマンションの最上階に、部屋を貸してくれると言う人がいる、らしい。詳しい話は知らないし、それが誰かも、俺は知らない。 「………エレベーター、気持ち悪い」 最上階が何階なのか確認するのも嫌になる。この微妙な浮遊感は嫌いだった。オエっと言いながらエレベーターを降りると、後ろで眞洋がクスクス笑っているのがわかった。 「あ、ほら、ここよ」 表札を指差し、眞洋がほら、と言う。確認すれば、そこには「百目鬼」と書かれていた。 「げっ…百目鬼のおっさんかよ」 「わがままいわないで頂戴。部屋代は要らないって言ってるから、甘えたほうがお得よ」 ピンポーンと呼び鈴を鳴らすだけならして扉を開けた眞洋は、俺を部屋に押しやり自分は入らずにバイバイと手を振った。無情にも閉まる扉に、はぁ、と溜息を吐き、すいませーんと声を出す。 「……あぁ、いびつな形の人の子か」 赤い髪の男が立っていた。 物が落ちる時、音がするものだけれど、今、確かに音がした。ドクン、と ―――恋に、おちる音が。 「悪いけど、百目鬼は今席を外しているよ。ただの人間かと思って慌てたけど、お前なら大丈夫だね」 男は、中で待つといい。と言うと、踵を返しながら歩いていく。その短い時間の間に、赤い髪が根元から銀糸に変わり、振り向いた時には額に二本の角が生えていた。 「鬼…」 「なんだ。見るのは初めてかい?人の子。それよりも早く入ったらどうかな。百目鬼を待つのだろう?」 「ぁ、はい」 しまった、見惚れていた。慌てて靴を脱ぎ、男が案内してくれたリビングに入る。最上階の部屋とあって無駄に広い。リビングの中ほどに置かれたソファに座り、入り口の扉を背に立つ男を振り返った。黒い着流しに、白とも銀とも取れない長い髪。じっと見つめていると、その伏せられていた瞼が持ち上がり、目があった。 「…私に何か用かな?人の子。あまりジロジロ見られるのは好きじゃないよ」 「あ、いや。すみません」 慌てて姿勢を正し、前に向き直る。と、対面側のソファには体格のいい黒髪の男が座っていた。 「っわ」 いつの間にいたんだ。全く気配がなかった。俺は思わずあげてしまった声に、慌てて口を両手で塞いだ。 「驚かせたか?初めまして。桜庭優呉。俺は百目鬼」 「はじめ、まして」 「さて、眞洋と湊から話は聞いているが、部屋の貸し出しは可能だ。家賃は結構。だが一つ条件がある」

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