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足りない。③

彼方…? 「秀一…、俺はもう末期かもしれない。彼方の幻覚が見えるよ……」 「確かにお前は手遅れだが幻覚ではないぞ?」 幻覚じゃない……は?いや、でも何で彼方がここに?何しに? 「いや~さっきエントランス行ったら彼方くんが受付の前であたふたしててね。可愛かったからしばらく観察してから声掛けたのよ。」 直ぐに声掛けてやれよ… 先程はありがとうございました。と彼方が頭を下げる。 「長谷部さんのおかげで助かりました。いつも明日香がお世話になっているのに、俺まで…申し訳ないです…。」 「クスクス…彼方君お母さんみたいなこと言うね?いいよいいよ、気にしないで?」 ポンポンと彼方の頭を撫でる秀一。 「触んなシバくぞ。」 「おーこわッ!目がマジだな。彼方くんに手出したりしないよ。」 当たり前だ!!! 「それにしても、彼方くん良い子だねぇ。わざわざお前にご飯持ってきてくれたぞ?」 「え…」 幼馴染みを睨み付けていた目を彼方に向ける。 少し照れたように顔を背けた彼方がズイッと包みを差し出してきた。 「さっき…長谷部さんが連絡くれた。昼飯盗っちゃったから、明日香に何か作ってきてあげてって…。」 「…これ、作ったのか?彼方が?」 「そうだよ…」 秀一が彼方の横で、あれ?俺が言ったって教えちゃうの?とニヤニヤしている。 と言うかお前なんで彼方の連絡先知ってんだよ、俺は教えてないぞ。 「早く受けとれよ。要らないなら持って帰るけど。」 「いやッ!いる!!いります!!!すげぇ欲しいです!!!」 「ひぃーッw明日香チョウ必死www」 「お前は一旦黙ってろ!!!」 ん。と彼方が手を伸ばして渡してくる。 目は未だに合わせてくれないので表情はよくわからないが、耳はほんのり赤かった。 ずしりっ。 手に伝わる重さに、何とも言えない高揚感に包まれる。 「……じゃあ。俺、帰るから…。急に来て悪かったな。」 そう言うと彼方はそそくさとその場を去ろうとする。 「あっおい!彼方、」 「…なに……」 「ありがとな。」 チラッと横目で振り返った彼方に嬉しさで綻んでしまった顔のまま告げる。 「ッ!////おっ、お邪魔しました!!!!」 すると彼方は言うが早いか、秀一に失礼しますとだけ挨拶をして足早に部屋を出ていってしまった。 「またね~…いやぁ、可愛いなぁ彼方くん。ありゃ明日香もメロメロになるわけだ。…?明日香?」 …まずい。これはもう色々とまずい。 堪らず額をデスクにグリグリと押し付けながら悶える。 急に訪れた久々のデレに俺の許容範囲はとっくに越えていた。 「なんだよアレ、可愛すぎか?俺のこと殺しに掛かってるだろ…」 「…………………。もう既に仕留められてんだろ、お前。」 「そうでした。だって手作り弁当だぞ?俺もう死んでんのかもしれない…、ここは天国か?」 「落ち着け。ここは編集部という名の地獄だ、はやまるな。」 「はぁぁ駄目だ…余計に彼方欠乏症が酷くなった。」 「マジかよ、これ逆効果だったの?」 「空腹の時に少し食べると余計に腹減んだろ、あれと一緒だ。」 「成る程わからん。」 ズズッ… 秀一がコーヒーを啜る音が響く。 「あー足りない…もっと食いたい。」 「それは飯のことか?それとも彼方くんのことか?」 「……………………。」 「おい、答えろよ。黙るんじゃない。」 「……………。」 「おい!!!明日香!?!?!?犯罪だぞ!?正気か!?!?」 ごもっともだが、その…な。 俺も20代男性な訳で。 …ヤバイ。 「…まさかお前、致してないよな?な!?この前のは冗談だぞ!?顔を上げろ!!俺の目を見て答えろ!!!」 ゆさゆさと強引に体を揺すられる。 「あすかぁぁああああ!!!!!!」 デスクに頭がぶつかり痛かったが俺が顔を上げることはなかった。

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