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しかし俺の有紀に対する胸のもやもやは時間が経つに連れて、ハッキリしたものになっていった。 「最近有紀くんどうしたの?」 「そういやここのところ見てねえな」 「俺も特には聞いてないけど…家の仕事とかで忙しいのかも」 「あのデカイ会社な」 「製薬会社だよね?あそこの息子ならやることはいくらでもありそうだもんね」 「今のところ来ない理由ってそれくらいしか思い付かないんだよなあ」 まず、教室に来ない。 学校が始まってから未だ一度も教室に突撃して来ていないのだ。 これに関しては「毎日毎日先輩の教室に堂々と入ってくるのはどうかと思うぞ」と釘を刺しておいたので、突撃されなくてもそう不思議ではないのだが、今まで素直に言うことを聞いていたかというと……そんなこともない。 さらに学校で会ってもこの間みたいな素っ気ない態度が続いていた。 今までなら少し距離のあるところからでも目敏く見つけて嬉しそうに走って…走っては来ないか。早歩きぐらいのスピードで向かって来ていたのに。 最近では俺が先に有紀を見つけて目で追い、しばらくして向こうも気付いて目が合う。 ただ目が合っても手を振ってくるだけで近寄っては来ない。急いでいるのかそのまま姿が見えなくなってしまう。 「?……あ」 かと思えばこの前は体育の時間でグラウンドに居た時、校舎の窓から有紀がこちらを眺めているのを発見した。 この距離でも視線って感じるもんなんだなと驚いたっけ。 廊下に出て窓にもたれる姿に、授業はどうした授業はと呆れてしまう。 声には出さず口パクで「おい」と咎める仕草を見せると、ニコッと笑って素直に教室へ姿を消した。 「なんだ、あいつ」 「睦人?」 「…ごめん、なんでもない」 結果、誰も居ない校舎に向かって独り言を呟く不気味な俺が出来上がってしまった。 そして、極め付けは連絡の頻度が極端に落ちたこと。 これが一番顕著な変化だった。 久しぶりに寮で過ごすことにした俺は、することがないので携帯を弄りながら、いつも画面の一番上に居た有紀が随分と下に下がっていることに気付いた。 メッセージが送られて来ると上に登ってくるシステムで、だいたいいつも一番上には有紀の名前が君臨していたのだ。 それが今は《母さん》に変わっている。有紀の名前はホームボタンに近い下の方。 有紀から最後に来たメッセージはなんだったのか、と画面を開いて驚いた。 「…バイトの日以来か」 確認すると最後に有紀からきたメッセージの日付は、親父さんの会社でバイトをした日の朝。 《おはよー!起きれたあ?迎えに行くから一緒に行こーねー》なんていう健気な彼女みたいな文章。その五分後には着信履歴まで残っている。 冷静に見るとだいぶ甘やかされてるな、俺。 とまあ、こんな感じで今の状況は完全に様子がおかしいのだ。 あの日だって俺だと分かった途端わざと手を離すし、無駄絡みもないし、いつもしてくる大袈裟なボディタッチも一切無い。 もちろんボディタッチは無くても全然いいんだけど、分かり易く避けられてるみたいな態度は正直気になって仕方がない。 ……俺、なんかやらかしたっけ? その日一日考えてみたが、全くピンと来ず、ただ頭を悩ませただけだった。

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