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09「A」◎

(side.A) 今日は一時間遅れで登校する羽目になった。 珍しい事ではない。むしろ早い方だ。 人使いならぬ息子使いの荒い父親は、学校へ多額の寄付をしている。 関係があるのかどうかは不明だが、出席日数の必要数は驚く程に低い。遅刻に関しても強く注意を受けたことはない。αだから、というのも多少はある。 もちろんいくらαだとしても素行が悪ければバツがつくのだろうが、素行も悪くない上、試験では毎回九十点以上を維持している為、留年する事はまずないだろう。 そんな毎日を卒業するまで続ける筈だった。 甲高いホイッスルの音が聞こえる。 二時間目は体育だったらしい。 校舎に向かう為に広いグラウンドの横を歩きながら、体操服に身を包んだ生徒の集団を見て気付く。 集団の中に暗い焦げ茶色の髪の男子生徒を見つけた。 同じクラスだ。 幼い頃に一度は離れた幼馴染みという縁深い相手。 あの頃に比べれば随分と成長した方だろう。 特徴がある顔かと言われれば特にない。強いて言えば押しに弱そうな所が滲み出る顔付きではある。 そんな幼馴染みが一人校舎の方へと目線を上げているのに気付き、なんとなく後を追う。 目線の先には廊下からグラウンドを見下ろす実弟の姿があった。 幼馴染みが口パクで何かを言うのに対して、弟は反応薄く笑っただけ。すぐに廊下から姿を消した。 顔をグラウンドへ戻せば案の定、弟の態度に不屈そうな幼馴染み。 分かりやすい表情の変化に、つい独り言が溢れた。 「あいつ……また面倒臭そうなことに首突っ込もうとしてるな」 お節介というか、お人好しというか。 自分が抱えられるキャパシティも自覚せず、手を差し伸べる性格。どうすることが最適かと一応悶々と考えはするものの、結局放って置けず体が動いてしまう。 幼馴染みのこれから起こす行動が目に見えて想像できてしまい――渥は溜息をついた。

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