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06
静香さんあんなに長かった髪をバッサリ切っちゃっててねー!でもやっぱり美人は何しても似合うのよ!と恋する乙女みたいに渥の母親の事をベタ褒めして、やだ!もうこんな時間!と慌てて台所に駆けて行った。
元気で明るく台風みたいな勢いのある母親にやっと解放された俺は自分の部屋に上がる。
今のでドッと疲れたよ………
ベッドにカバンを投げ出す。そのまま自分もベッドに倒れ込みたかったが、制服がシワになるのが気にかかりぐっと我慢して部屋着に着替えた。
「うあ~~~」
それからドサッとベッドに身を投げ出すと、吸い取られるように体の力が抜けていった。体の重みがベッドにどんどん沈み込んで行く感覚に安心感と同時に睡魔が襲いかかってくる。
自分が思った以上に体は疲れを感じているみたいだった。俺は襲い来る睡魔に抵抗せずゆっくりと目を閉じた。
――…
『来週転校することになった。桐根学園に』
パッと横を見ると小さな渥がストーブを無表情で見つめている。
「渥…?」つい声が漏れた。
渥は少し間を置いてこちらを向く。
その顔は一気に幼い渥から今の成長した渥に変わっていた。
そしてその形の良い唇が開く。
『誰だ。お前』
「っ……!!!」
強い力で引っ張られるような衝撃。
ハッと目をさますと、そこは小学校の教室でなく薄暗い自分の部屋の中だった。
背中にじんわりと嫌な汗を感じる。俺はいつ間にか眠ってしまっていたみたいだ。
体に怠さを覚えるなか、俺はゆっくりと体を起こした。
今何時なんだ?
ゴシゴシと目をこすって、カバンに入れっぱなしだった携帯を取り出そうとした時だった。
「!?」
部屋の入り口にもたれかかるように黒い人影。
逆光で顔がよく見えなかったが、随分背が高い。パッと見て男だと分かった。
だが突然のことに俺はものすごいビビってベッドから転げ落ちそうになり、すんでのところで堪えてその影を凝視した。
「え、誰…!?」
我ながら間抜けな問いかけだとは思う。でもそこにいるのが母親でも父親ではない事はすぐに分かったし、俺に兄弟は居ない。
警戒心むき出して問いかけると、そいつはスッと扉の横にあった部屋の電気のスイッチを押した。
パッと一瞬で明るくなった部屋に、暗さに慣れていた目が眩む。
「うっ…」
なんとか相手を認識しようと目を細めると、そいつは緩やか動作でこちらに向かってきた。
「………、………え」
その見惚れるような美しい動作には見覚えがあった。その美しい黒髪にも。
「あっ、渥!?」
「相変わらずよく寝る奴だな」
低く耳に心地よいその声は昼間に俺を知らないなどと口にした渥、本人のものだった。
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