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「ただいまー」 ガチャリとドアノブを開けて中に入る。見慣れた我が家、と言うにはまだまだ時間は経っていないが長かった転校初日を終えてようやく自宅に帰ってきた。 あれから佳威とケーイチはホテルみたいな寮に戻り、俺は別れて家路についていた。 玄関で靴を脱いでいると奥からパタパタとスリッパで駆けてくる音が近づいてくる。その音の主はエプロンで手を拭きながら駆けてきて開口一番にこう言った。 「あんたちょっと聞いた!?」 この人はいつも突然である。 「なにがだよ…つか帰ってきて早々おかえりもなし?」 「そういえばまだ言ってなかったわね!おかえり、りっちゃん」 そう言っていい年にもなってぺろりと舌を出して笑ったのは俺の母親だった。いい年、と言うとものすごい怒られるので心の中で思うだけである。 ちなみにりっちゃんとは俺のことだ。小さい頃からの呼び名が変わることなく未だにりっちゃんと呼ばれている。中学生くらいの時には、ちゃん付けで呼ばれるのがすごい嫌だったな…。いくら言っても母さんは直してくれないし、父さんもりっちゃんて呼ぶし… そんなことをぼんやり考えていたら、肩を揺さぶられた。 「もー!それよりも!今日スーパー寄ったらね、すごいビックリする人に会っちゃってね!ねっ、誰だったと思う!?」 「えっ、いやほんといきなりだな!……うーん…だれ?母さんの好きなミカミくん?」 ミカミくんとは最近売れ始めた男性俳優だ。甘いマスクとたまに毒を吐くところにギャップを感じてファンが急増中だという。確か今日もミカミ主演のドラマがあったはず… 「ミカミくんだったらそれはそれでテンション上がってるけど、でもそういうんじゃないのよ!分からない?もう言ってもいい!?」 「あ、はい。どうぞ」 多分言いたくて仕方ないんだと思う。とりあえず俺は玄関から早くリビングに入りたくて先を促した。 「なんとね…静香さんに会ったのよ!りっちゃんも覚えてるでしょ?渥くんのママ!相変わらず美人で、お母さんすぐに分かったわよ~」 どきりとした。 昼間の出来事が頭をよぎる。 「しかもね、もっとビックリしたのはね!渥くんが通ってる高校が、りっちゃんと同じだって言うの!すごい偶然で本当ビックリしちゃった」 早口でまくしたてるように喋る母親の横を通り過ぎて俺はリビングに向かった。 「りっちゃん、もしかしてもう渥くんと会ったりした?」 そんな俺についてくる母親をチラリと見て、平静を保つように息を吐いた。 「会ったよ。しかも同じクラスだった」 「やだ…すごいわね。運命じゃない」 母親がキャッキャと少女のように笑う。そんな姿に苦笑いを浮かべてソファーに腰を下ろした。 「渥の親父さん達って、…離婚したの?」 向こうは俺のこと覚えてなかったみたいだけど…と言いそうになったがしつこく聞いてこられそうだったので、咄嗟にそう聞くと楽しそうに笑っていた母親が一変、寂しそうな表情に変わる。 「渥くんに聞いたの…?…あんたまだ小さかったから言わなかったけど、渥くんが転校していったあともしばらく静香さんとは連絡とっててね…、あのあとわりとすぐに色々あって別れちゃったみたいなの」 「そう、なんだ。あんまり覚えてないけど、2人ともお似合いそうな感じだったのにな…」 「α夫婦だし、お似合いに決まってるわよ。…まあ夫婦にも色々あるの!静香さんも近くに住んでるみたいでね、これからまた仲良くできるわ」 色々あるの、それは大人がよく使う言葉だ。でもきっと本当に色々あったんだろう。それは俺が知ることではないし、知らなくていいことだと思う。ただ渥の両親がどちらもαだったことは今初めて知った。 そう言われれば、確かに、と今では思う。 αの両親から生まれたαの息子。渥はまさしくサラブレッドだった。

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