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ビビリ早速、本領発揮

ビビりでチキン。 それが俺の唯一の個性だ。 個性だなんて言っていいのか分からないけれど、俺が持ってる特徴なんてそれぐらい。 電車の中で騒ぐスカートの短い女子は苦手だし、深夜コンビニでたむろしてるガラの悪い男の人は怖い。学校に通う道の途中で必ず吠えてくる犬も心臓に悪いから道を変えた。 大きな声で怒鳴る生徒指導の先生も嫌いだし、学校のトイレで煙草を吸う不良なんてもってのほかで関わり合いたくない。 俺は人より怖いと思うものが少しだけ多いのかも知れない。 だから、その怖いものを極力避けて生きてきた。 避けてしまえば俺のようなパッとしない男にわざわざちょっかいを出そうなんてやつはそう居ない。強いて言えば学校の途中で必ず吠えてきていたあの犬くらいか。 だからきっとこれからの人生も怖いものを避けてうまく生きていくつもりだった。 高校を何事もなく無事卒業して、大学に入って、出来れば安定した企業に就職する。30歳までには結婚もして、そうだな…子供は2人。女の子と男の子。子供が独り立ちするのを見送って、残りの余生は妻と2人でのんびりと。 そんな平凡でありきたりで、だけどきっと幸せいっぱいの人生計画を立てていたんだ。 でも俺のこの人生計画は今まさに、崩れ去ろうとしている。それも最初の「高校を何事もなく無事に」のくだりから。 満開の桜がはらはらと風に吹かれて散っていく。その光景を風情がある、なんてのんびり思っていたはずだったのに。 「聞いたか?狩吉の話」 カリヨシ。 毎日教室で話題に上るその人は、学校ではちょっとした有名人。俺の学校だけでなく、多分ここいら一帯の学校ではその名を知らない人は居ないんじゃないかと思うほど超、有名人。 だけど、人気があるとかそんな素敵な理由じゃない。 毎朝交わされるクラスメイト達の会話の内容はだいたいいつもこんな感じ。 「また他校の奴らに喧嘩売ってったらしいぜ」 「俺は喧嘩売られて逆にやべえくらいボコったって聞いたけど」 「チームひとつ潰したらしいな」 「しかもそこのトップの女寝取ったって」 「でもこの前自分の女孕ませたらしいじゃん」 「あれ、セフレじゃなかったっけ?」 「教師も怖がって注意出来ねえしな」 「そんなの今さらじゃんか」 「やっぱ、狩吉ってさ…」 そしてみんな口を揃えて「怖いよなあ」で終わるのだ。 時にはそれが「ヤバイよなあ」に変わる時もある。比率で言えば6:4ぐらいだらうか…まあそんなことはどうでもいい。 どこまで本当でどこまでが嘘なのか分からないが俺はいつもそんな噂を聞くだけで慄くほどの恐怖を感じ、同じ学校であることを後悔した。 だから3年に上がって今年も何とか違うクラスに分けられたことに胸を撫で下ろしていたんだ。 なのに。 なのに、どうしてだろう。そんな恐怖の対象とは何の関わりも無く、これからも関わらない予定だった俺なのに。 ホントにどうして?? 目の前に恐怖が立ってる。

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