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さっきも言ったが俺は儚く散る桜に情緒を感じていたはずなんだ。
優しい桃色の変わりに写り込んできたのは、太陽に反射してきらきらと輝く金髪で、それはもう目が痛い。俺が開けたことのない第3ボタンまで大胆にフルオープンにされた鎖骨からは、ギラつく黒いアクセサリーが存在を主張してくる。
俺はあまりの怖さに平常心を保てず、目の前に立つ狩吉さんの目を見つめたまま固まってしまっていた。
まるで蛇に睨まれたカエル。
まるで、ではないな。
まさに、だ。
今まで生きて来た中でトップ5に入るくらい動揺しているので、脳内に走馬灯のように数分前の出来事が映し出されて行く。
ああ、そうだ。確か、俺はいつも通り授業を終えて帰ろうと靴箱に向かってたんだ。靴を履いて、校舎を出て、校門の前に広がる散り始めた桜を見上げてうっすら目を細めていた。
短時間だが桜の平穏で美しい姿を堪能し、視線を戻したその先に、例の狩吉さんが居た。
こちらに向かって歩いてきていたが、発見するのが遅かったせいで距離はもうかなり詰められていて近い。逃げようにも狩吉さんの視界の中で動くと肉食獣さながら狩られる気がして、無難に遠くを見てやり過ごすルートを選んだ。
なのに狩吉さんは真っ直ぐに俺の元に歩いてくるではないか…!
俺じゃない。きっと俺じゃない。靴箱かそれ以外の場所に用があるのであって、絶対に俺じゃない。
自分に言い聞かせるように何度も唱えていたのに、悲しいかな。狩吉さんは俺の目の前で足を止めた。恐る恐る視線を向けると、彫りの深い両目が俺を見下ろしていた。
「!」
ビクッと震える肩。
周りには誰も居ない。いつの間にか居なくなってしまった。
つまり、何かが起こったとしても助けてくれる勇敢な人は居ないという事実に絶望を感じる。
例え、誰かがいたとしても助けてくれるとは限らないが。むしろ99.9%の確率で見捨てられるだろう。
そんなわけで、こんな危機的状況の中、ビビリでチキンな俺が編み出した対策はなんだったと思う?
人は予想だにしなかった状況に突如陥るとなかなか冷静な判断が出来なくなってしまう。俺も例に漏れずそうだ。それでも冷静になろうと努めた。
その結果、俺は震える足で何とか1歩下がってギュウ、と固く目を閉じたのである。
どうぞ、お先にお進み下さい、の意だ。
狩吉さんが俺になんて用があるなんてあり得ない。きっと狩吉さんの進みたい方向にオレが突っ立ってたせいで彼は仕方なく足を止めたんだ。
単純明快。雨あられ。目を瞑ったのは、恐怖から目を逸らしたいという無意識の判断だった。
バクバクとうるさい心臓を落ち着かせるため深呼吸を一つ。
もう行ったかな?何も聞こえないし、もう居ないよな?
そろり…と目を開けようとした俺の唇に、ちゅ、と柔らかいものが触れた。
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