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「!?」
ゆっくり開けようと思っていたのに、驚きのあまり瞬時に瞼を見開くと、目の前には狩吉さんのドアップ。そして唇への感触。つまるところ、俺は今この人にキ、キ、キッスをされてしまったというこで間違いないかな!?
割と真剣に心臓が止まるかと思った。
「ギ、ギャァァァァァァァ…!?」
ダメだとは分かりつつもオレはチキンハートよろしく大絶叫を上げてしまった。
ただでさえ突然キスされるというビビり案件なのに、相手があの狩吉さんだと認識しただけで恐怖も倍増だ。
足がもつれそうになりながらもジャリジャリと鳴る土を踏みしめ、俺はさらに狩吉さんの前から2歩後ずさった。
「なっ、ななな、なんですか…!?」
そんな俺に対して狩吉さんは眉を潜めて、目力が強くキツイ視線を向けて来る。
こんな近くで狩吉さんの顔なんて見たことがない。いや、あってたまるか、と震えていると、縮めた距離数分、狩吉さんが2歩前に出た。遠慮なくオレのパーソナルスペースに踏み込まれてチビりそうになる。
やっぱり、叫んだのが不味かったかな。うるせえって殴られるのかも…
「お前」
「ひぃ…!」
今まで睨んで来るだけだった狩吉さんが静かに口を開いた。どちらかと言うと薄い唇は、形良く、よく見ると歯並びも良い。ただ、その口から紡ぎ出されたかなり低めの重低音が怖かった。
「なまえは?」
多くを喋らず、狩吉さんはただその一言だけ発した。名前なんて聞いてどうするんだ。
血祭りに上げる前に名前だけでも聞いとく的な??血祭らないで頂きたいし、できれば名前も教えたくない。彼の中に俺の個人情報を渡したくないんだ。断固拒否したい。
狩吉さんの意図が読めずまたもや固まっていると、もう一度狩吉さんが同じ単語をゆっくりと繰り返した。
「な、ま、え」
「うぁ、…っはい!な、仲花!仲花 安成 です!狩吉さん!」
もういっそ狩吉様とお呼びした方が宜しいですか?なんて口走りそうになる。命令されれば俺に拒否権は存在しない。
「やすなり………俺は、ハル」
俺の名前を呟いて、狩吉さんは自分の名前を教えてくれた。
だけど狩吉さんがそんな怖い見た目をして、春だなんて可愛い名前なのは重々承知しているし、周知の事実だ。
狩吉 春 、それが目の前の男のフルネームだった。
そんなことより、どうしてこのタイミングで俺たちは自己紹介をしているんだろう。一体何が目的なんだ。良い加減離れて欲しいです…離れてくれるなら土下座でも何でもしますので、どうかどうか…
神にも祈る気持ちで唱えるが狩吉さんは俺から離れなかった。
「安成」
「は、はい…!」
狩吉さんの呼びかけに引きつった声で返事をする。
本当に、マジで、心から、怖い。もう帰りたい。どうして俺は今日学校に来たんだろう…サボる勇気もないけれど、学校にさえ来なければ。あああどうして…
「お前、かわいいね」
俺はこの学校に入学して、しまった、の………
――なんだって?
「俺と付き合って」
カワイイネ?ツキアッテ?この方、今ちゃんと日本語喋ってる?同じ日本人な筈なのに何を言ってるのかイマイチよく分かんないんだけど…
「あの…それ、誰に言ってます…?」
「安成」
「…俺?…俺、が誰と付き合うの…?…ですか?」
「俺と」
「俺と…?俺が…?」
俺がいっぱい。混乱して来た。
「はっ、あの…え?どうして…?」
「ひとめぼれ?」
「ヒトメボレ…」
お米の品種か。なんだ。びっくりした。
っておいおい待て待て待て。古典的過ぎるボケはやめよう。
脳内一人ツッコミが開催されるなか、狩吉さんは俺の右手を握って来た。
指先をスルリと絡められ、触れられた手が震える。
「返事、は?」
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