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〈5〉八代先輩のお宅訪問
「隆星ちゃん、おかえりなさい! 今日は少し遅かったのね。あら、メガネはどうしたの? まあ、後ろの方はもしかしてお友達!? 隆星ちゃんが連れてきたの!?」
出迎えてくれた母親は、予想通りというか全てのことに順番に驚いてくれた。
「ただいま。こやつは八代と言って友達じゃなくて先輩だ。実は駅でコケてメガネを割ってしまって、居合わせたこやつが拙者の視力が悪いのを見かねて送ってくれたでござる」
「まあ! なんて親切な方なの!」
親切といえば親切だが、拙者は毎日こいつに多大な迷惑をかけられているのだがな……。
それを思えばこれくらいしてもらっても当然な気がする。
「初めまして、 三年の八代愁斗と申します。隆星君には学校でとても仲良くして貰ってまして」
「おい、拙者を下の名前で呼ぶな!」
「隆星ちゃん、さっきから先輩に対してなんなのその口のきき方は! 八代君ごめんなさいね、この子こんな性格だから学校でも手を焼いているでしょう?」
なんだとぉ!? 手を焼いてるのは拙者の方だっつうの!!
「いえ、永田君のそういう性格はすごく魅力的だと思います」
「あーあー立ち話もなんだからさっさと上がれでござる! 拙者の部屋に案内するから母上は何か適当な飲み物を二つ頼むぞ!」
拙者は八代の腕をグイと引っ張り、さっさと靴を脱いで家にあがるよう促した。そのまま帰してもよかったのだが、それは母親が許さないでござるからな……。
「え……俺、永田君の部屋に入っていいの!?」
「あ? 別にいいけど」
「嬉しい!」
八代は信じられない、というキラキラした目を拙者に向けてきた。
うう……うっとうしい。本当は入れたくないけど、これ以上母親に余計なことを話されるよりかはな……背に腹はかえられぬ、というやつでござる。
「ええ~ママだって八代君とおしゃべりしたいのに~! あっねえ、八代君も隆星ちゃんと同じ美術部なの?」
「いえ、俺はサッカー部です。もう引退しましたけど」
「え? サッカー部の先輩がどうして隆星ちゃんと仲良くしてくれているの? どうやって仲良くなったの?」
「それはですね」
「ああもう、近所迷惑でござるからとっとと上がって拙者の部屋に行けーっ!」
もう無理矢理引き離した。
*
「永田君のお母さん、すごく若くて可愛いね~。最初お姉さんかと思ったよ」
「はあ? どっこにでもいるふっつーのオバサンでござるが?」
「あ、ゴメン。身内にそういうこと言われるの気持ち悪いよね」
拙者は二階の自室に八代を招き入れたあと、クローゼットのどこかに片付けていた数年前に使っていたメガネをゴソゴソと探していた。
既に度は合っていないだろうが、無いよりはマシだ。
「ふふっ、ここでいつも永田君が寝たり勉強したりしてるんだね。なんだか夢みたいな空間だなあ~」
八代は部屋の中央に立ち、すーはーと深呼吸をしながらそんなことを言っていた。
「キモイことを言うな! 拙者的には身内のことを言われるよりもそっちの方がよっぽどキモイでござる!」
「ごめんね、嬉しくって」
数あるガラクタ箱の中に片付けていたメガネがようやく見つかったので、掛けてみた。
やはり度が合ってない……しかし明日の放課後まではこいつで我慢しなければ。
このメガネは瓶底ではない普通のメガネで、プラスチック製の安物だからとても軽い。
軽い方が快適っちゃ快適だが……なんだか自分の顔が他人からよく見えているようで落ち着かないでござる。
「あ、永田君いつもの瓶底メガネよりそっちの方が似合ってるよ? 素顔が見えてかわいい」
「うるさい黙れ」
だからそれが嫌だというのに!
……それにしても、この部屋に他人がいるなんて珍しすぎる光景だ。
雨宮氏でさえ、まだ家に呼んだことがないのにな。
でもこんな機会はもう二度とないだろうし、今日だけは特別にもてなしてやってもいいだろう。今日は世話になったしな……。
《コンコン》
突然ドアがノックされて、返事をする前に母親が顔を出した。
「八代君、帰りはタクシーを呼ぶわね。私が車で家まで送ってあげられたらいいんだけど、パパが隣に座ってないと怖くて運転できないのよ~。そのパパは出張でいないし……」
「そんなに気を使ってもらわなくていいですよ、ここから駅まで近いですし」
「そんなの悪いわよう!」
「いえいえそんな」
別にタクシー代くらい貰っとけばいいのにな、八代の奴。
拙者だったらその金でヲタ活するでござる。
「じゃあお夕飯食べていって! 隆星ちゃんが学校のお友達を連れてくるなんて小学生のとき以来だもの、お祝いしなくちゃ」
「は?」
「え、そうなんですか? そういうことなら是非、ご相伴に預かりたいです」
なにぃぃぃ!?!?
そういうことならってどういうことでござるか八代コラァァァ!!!
あああああ……。
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