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はじまりの4月

 自分の性癖が人とは違うって気づいたのは、多分、小学生の頃。  初恋は1年生で、担任の先生だった。    いつも笑顔で、男子も女子も関係なく、力瘤作った腕にぶら下げて笑う、スーパーマンみたいな先生だった。  先生が笑う度に心臓が2周り縮まって、縮まったあとでパーンって弾けるみたいに跳ねた。  跳ね回って、転げ回って、病気みたいに顔が熱くなって、いつも少し離れた場所で本を読むふりをしていた。  先生はそれを見ると小さく手招きして眞澄はそっと伺っては、その元へ駆け寄った。  それを恋とも気づかぬうちに、先生は他の学校に異動していった。  2度目の恋は中学入学とほぼ同時。  今度はちゃんと自覚があった。  何でもできる、絵にかいたような生徒会長。  優しいって言葉をよく捏ねて、きれいでかっこいい型で抜いたらきっと彼のような姿ができる。  そんな風に思っていた。  ただ、すきで、すきで、好きで。  追いかけて進学先決めちゃうくらいには好きだった。  なりふりも、自分の性別もこの恋が傍から見たら特異だってことも全部気が付いていて見ないふりして追いかけた。  全身から好きを滲みださせてアピールして、全然やったことも興味もないバスケ部にも入って、好きになってもらうために必死になった。  なのに結果は玉砕で、あの時の先輩はほかの人と幸せになってしまった。  痛切な言葉でフラれて、子どもみたいに大声で泣きながら見た空を覚えている。  あの、憎たらしいくらいに青い空を。  そして、今。  「どうした?」  部活の途中練習着姿のまま、啓太が、眞澄を見下ろしていた。  眦が柔らかく下がって、口角が柔い笑顔を作っている。  心臓が痛いくらいに小さくなって、唇から吐き出したい言葉が、喉元でわだかまっていた。  啓太は一歩距離を詰めて、バッティンググローブを外した。  その裸の掌が、髪に触れる。  野球部らしい、肉刺の後が目立つ大きな薄い掌。  「なんか、あった?」  下唇を丸めこんで、噛み締めた。  それだけでもう泣いてしまいそうに視界が歪んだ。  もしフラれたらこの手を失ってしまうのだと思うと、伝えたい思いが冷たい予感に搔き消されそうになってしまう。    失くしたくない。  この手を失いたくない。  もっと触れてほしい。  もっと触れたい。  もっと一緒にいたい。  もっと近くに来てほしい。  涙が伝いそうになって、堪える。  「俺、」  啓太はせかさずに待っている。  優しい笑顔をたたえたまま、情の深さを表すみたいに少し下がった眦を微か緩ませて。  「俺、先輩に、もっと、触ってほしい、です」  押し出した人生二度目の告白は、あからさまな願望過ぎた。  恥ずかしくなって頭を抱えると、聞こえてきたのは小さく鳩が喉を鳴らすような笑いだった。  「なんだそりゃ」  くつくつと笑いながら見下ろしてくる視線はどこまでも優しかった。  真意が伝わっていないようで、視線を落とした。  「き、すとか、してほしいんです、」  言ってしまって一層頬が熱帯びた。  触れる手の熱さも、柔さもそのままで、  「とか、って、」  啓太の声が照れていた。  その指先が耳の裏を擽って首筋から尾骨へと甘い痺れが走った。  「ん、」  こそばゆさに目を眇めたら、唇に柔いものが触れた。  明確なその感触に、心臓がひっくり返りそうになった。   見開いたままの目には、赤面した啓太の顔。  「俺、好きなやつにしかこういうこと、しないよ」  口元を片手で覆い隠したまま、啓太は赤い目元で言う。  その眸がうろうろと惑っていた。  「好き、です、俺、先輩が、好きです」  その眸を捕まえて、正面に見据えた。  啓太はいたずらな野球少年の顔で笑って、眞澄の髪を撫でる。  「お前、なんで告るのに睨んでくるの?」  かわいいなあって、笑う。  いつもと同じ顔で。  いつもと同じ、だけど。  もう一回、唇が重なった。  乾いてて、日焼けでちょっとささくれてて、ドキドキした。  多分、きっとこの顔を一生忘れない。  伝染した赤面に泣きたいくらいの幸せを湛えて眞澄も笑った。    これが、ふたりの始まり。

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