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キスのしかた①
小松崎眞澄は松田啓太にとって、
①後輩で、
②生徒会執行部の一人で、
③可愛くて仕方無い、
④泣かせたくない、
存在だ。
啓太が高2のとき、まだ1年だった眞澄が執行部に入った。
当初は高3の先輩が目当てだってことは一目瞭然だったし、猫属めいたキツい目付きと突っ慳貪 で生意気そのものな眞澄は、啓太の目に扱いにくい後輩として映っていた。
しかし、入学から時が経つにつれて突っ慳貪なのは自分をよく見せようと、背伸びしすぎていっぱいいっぱいなせいだと知った。
それから、賢いくせに異様なくらい語彙が偏っていることと、無知なことも。
以来、啓太は眞澄を扱いにくい後輩から、可愛い後輩と認識を改めた。
それから……なんやかんやあって、気がついたら、失くせない存在になってた。
寮生活の中で眞澄はよく啓太の部屋に来て談笑したり、勉強したりして過ごした。
気位の高い血統書付きの猫のようなもので、懐いてしまうと纏わり付いては擦り寄って、それがなんというか、可愛らしくて、妙に優越感を与えてきて、堪らなかった。
可愛い、から、可愛がりたい。
啓太の前ではよく笑うから、泣かせたくない。
思うのは事実なのに、その反面で啓太は、眞澄の白い首から流れる胸の緩やかな曲線を、浅く穿いたジャージから、露出した腰骨の隆起したのを気がつけば視線で撫で回していた。
―――卑猥。ゲスい。最低。エロい。触りたい。抱きたい。ヤりたい。
自分を罵倒する声がだんだん本音を吐くようになるくらいには、欲情した。
「関数 f(x) において,x が a と異なる値をとりながら限りなく a に近づくとき、f(x) が 一定の値 b に限りなく近づく場合、limx→af(x) = b って書く。x が a に限りなく近づくときの f(x) の極限値は b な。」
極限値の話をしながら自分がすでに極限状態。
それは付き合うってお互い合意して、好きだってお互い確認したあとも変わらない。
「x が a よりも大きな値をとりながら a に近づくときと、a よりも小さな値をとりながら a に近づくのを区別するときは、それぞれ、limx→a+0f(x), limx→a-0f(x) で表わす。左右どちらから近づくかを決めないとき,limx→af(x) で表わす」
真剣な目で自分のノートの上を走る啓太のシャープペンを追う眞澄は本当に猫みたいで、洗い髪の濡れたのが艶っぽく輝いていた。
「特に、x が 0 よりも大きな値をとりながら,0 に近づくときは limx→+0f(x)、0 よりも小さな値をとりながら、0 に近づくときはlimx→-0f(x)で表わす。これが基本な。」
息を吸って吐き出したとき、それは眞澄の前髪を掠って額に触れる。
眞澄がノートから目線をあげて啓太を見た。
視線がぶつかって、眞澄の白い頬が赤さを帯びる。帯びて、視線が逸らされる。
「ありがと、ございます」
その目の動きが、誘っているのか怯えているのか判らない。
自分のなかにいる雄の部分と理性の部分とどっちをとったらいいか判らなくなって安パイを握る。
「うちは理系一家だからな」
優しい先輩の面、作って髪に触れる。
湿った茶色っぽい髪は指先に絡み付いて股間に打撃。
無防備に襟ぐりのあいたラグランスリーブ。
女の子じゃないからその下に下着なんて着けてないのは当たり前で、小さな胸の尖りがなにかの拍子に見えないかと期待している、自分。
―――いや、男同士だし、風呂一緒に入るし、初めてみるようなもんでもないし、今指先で捲っても変に(?)は思われないんだろうけど。
好きだって伝えて、見たいってなったらそれはもうあっちの方に繋がる。
見たいは触れたいになるし、触れたいは繋がりたいにかわる。どこで歯止めが利かなくなるかも判らない。
「先輩?」
急に黙った啓太に、眞澄は啓太の掌を頭に乗せたまま上目に見つめてくる。
その小さな口に自分のを頬張らせたい。
泣いて嘆願するくらいグズグズにしたい。
「どうしたんですか?」
急に真面目な顔して。
クスクス笑うのが本当に無防備で啓太のどうしようもない下世話な妄想を微塵に砕く。
―――もう少し、様子見で。
「ん、」
耳の後ろに指を滑らせる。
人差し指の爪先で擽るとこそばゆそうに小さく喉をならす。音の発生源を探すように喉元を指で撫でる。
「んんっ」
鼻にかかった吐息が甘い。
―――本当に、猫みたいだ。
目が細まって、唇が開く。
誘われて、唇が重なっていた。
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