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二者択一②
「ありがとう」
「いや、先に部屋へ行って。布団取って来るから」
レオの家に遊びに来たのはいつのことだったのだろうと基之は考えた。あれは確か高校三年生の夏、予備校の課題をこなしていた暑い日だった。
「おまえ鈍いにも程がある。いい加減にしろよ」
突然だった、たった今まで黙々と数学の問題に取り組んでいたはずだった。何のタイミングでレオの怒りに火が付いたのか基之は理解できず驚いた。
「何!?突然」
「その無神経さに腹が立つんだよ。おまえ俺の気持を知っていて......くそっ!友達で良いとか思ったことは一度もない」
レオが握りしめたシャーペンが震えている。確かに「好きだと」言われた、けれどもその後はまるで何もなかったかのように接して来たではないかと基之は思った。だから触れずに見て見ぬふりをしていれば友達という括りの中にずっといられると思っていたのだ。あの日、レオの気持が怖くなり逃げるようにこの部屋を後にした。あの時以来だ。
がらりと引き戸が開いてレオが部屋に入ってきた。
「おまえ、何しているんだ?突っ立ってないで座れよ」
そうだこいつは昔からこういうやつだったと基之は思った。どんなに我儘を言っても最終的に全てを許して受け入れてくれるのだ。これ以上甘えて本当にいいのだろうかと不安にさえなる。
「帰るよ」
「は?何言い出すんだ?」
「いや、悪かった。以前お前に言われたよな、俺無神経だって」
ぼすっと布団が投げつけられた。基之はバランスを崩してレオのベッドの上に座り込んでしまった。
「馬鹿かおまえ。今日、帰るところあるのかよ」
その質問に答えられずに基之は下を向いた。
「こんな時くらい俺を頼れよ。ほら寝ろ、今日はお前にベッド貸してやる。俺が床で寝るから」
布団を乱雑に床に広げるとレオはごろりと横になった。
「電気消すからな」
「あ、うん」
優しい闇が降りて来て静寂が訪れた。基之はベッドに身体を横にした、かすかにレオの匂いがする。この空間にいることに基之は安心した、独りではないのだと。その夜夢を見た、夢の中で本当に楽しそうに笑っている自分がいた、そしてその隣に立っていたのは......。
「おはよう、眠れたか?」
レオに軽く体を揺り動かされて基之は重たい瞼を開いた。
「あ、うん」
顔が何故だか直視できない。
「どうした?ああ、目が少し腫れているな、ちょっと待ってろ」
顔にレオの手が触れた、それだけなのに心臓が痛い。好きな人は勇魚さんだと自分に言い聞かせてみても自分の鼓動が速度をあげるのを止められなかった。
「レオ、待って。あのさ、俺今日少し変だから。その、帰るわ」
「は?飯食って行けよ」
「いや、要らない。ってか、帰る」
「どこまで挙動不審なんだよ。大丈夫、昨日のことは誰にも言わない。安心しろ」
「ちが......あーーー、俺その、何だ?やっぱり、帰る!」
勢いよく立ち上がると基之とレオとの距離がゼロになる。心臓が破裂しそうに鼓動しているその理由を見つけられない。
「どうしたんだ?まったくおまえは」
レオがいつもの笑顔で笑った。何故かそれだけで十分だった。
「なあ、今度おまえと一緒に企業説明会出てみるよ」
「突然どうした?失恋して成長でもしたか?」
自分の進むべき道もまだ見えていない、不安定なこの場所で一緒にいたいと手を差し伸べてくれる相手がここにいる。
「そうかもな、今週末久々に一緒に釣りに行かないか?」
「おう、少しは気晴らしに付き合ってやるよ」
基之は自分が自覚したばかりの新たな気持ちに戸惑っていた。だからまだレオには何も伝えない、このままの関係で。ただ一歩だけこの親友と言う位置から近くへ寄ってみようと考えていた。
【完】
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