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第2話 卒業式と六番に添えた花
あっという間に月日は流れ、卒業式が近づいてきた。
その間、鳥飼宰人とは関わることはなく、いつしか彼の存在を気にかけることもなくなった。
平穏に暮らした学生生活もお終いが近づいているのに対して、僕も何か学生のうちにできることをやったほうがよかったなあと今更後悔が押し寄せる。それでも、決まったこれからの進路を考えると、高校生活はこれで終わっても良かったとも思える。
「もう、この教室ともおさらばだな」
自分が使った机をなぞる。長いことこの机に向かって勉強したような感じがする。誰もいない放課後の教室で、今まで使ってきた机に座る。
翌日が卒業式ということもあって、机の中は何にもないはずだった。
「何だ?」
机の中には、茶色の封筒が入っていた。表には何にも書かれていない。宛先もなく、誰からかも分からなかった。
封を開けて、中を確かめてみると、そこには短くただ、『六は明日教室に残るように』と書かれていた。これが誰からの仕業なのか名前がなくてもわかる。僕のことを"六"なんて呼ぶのは一人しかいない。
「鳥飼宰人だ」
今更僕に何の用があるのだろう。また、サイコロで出た目が六だったから、僕に話しかけにくるのだろうか。彼のその気まぐれで物事を決めることに対して憤りを感じるが、彼は悪い人ではないのは雰囲気から分かる。だから、僕の中でも鳥飼宰人がきっぱりと立ち位置が決まれば、二度と近づきたくないと思えるのに、彼という人間を知ってみたいと思ってしまっている自分がいて、モヤモヤとした気持ちが消えない。
自然とため息が出る。明日、彼に会ってみたら、この胸にあるわだかまりが無くなるだろうか。僕は、封筒を鞄の中に締まって、夕暮れに染まる教室を後にした。
***
翌日。卒業式。
桜の蕾が目を覚まし、温かい風が吹いた頃、僕らは高校生活最後を迎える。
校長先生の話、来賓の方の話、生徒会長の話……淡々と卒業式が進められる中、僕はこの後に起こるであろう、鳥飼宰人と教室で会うことに緊張していた。彼は僕に何の用があるのか、と昨日からずっと考えていたが、何と言って僕との接点はあの日の掃除当番を共にしたことしかなかったため、何も思い当たる節がない。
ふと体育館のステージを見てみると、卒業証書授与が行われ、鳥飼宰人が壇上に上がる。堂々と背筋を伸ばして、卒業証書を受け取る姿は様になっていて見とれてしまう。鳥飼宰人の順番が終わり、僕の席の前を通って行く。
「六番、後でな」
そんな意味深い言葉を残して、自分の席に立つ。
心がドキドキと騒がしくて、鳥飼宰人を横目に警戒しながらも、卒業式はいつの間にか終わっていて、卒業生は退場することになった。
教室に戻り、担任の先生の話を聞いたり、クラスメイトと他愛もない話をしたり、皆で写真を撮ったりした。そのうちに教室にはほとんどの生徒がいなくなり、鳥飼宰人と僕だけが取り残される形になった。
沈黙が続く中、廊下から聞こえる他の生徒の声が校内に響き渡る。鳥飼宰人は、窓から外を眺めているだけで、僕を呼び出した理由が何か言わない。痺れを切らした僕は、口火を切った。
「……僕に、何か用があるんじゃないのか」
「ん、あ、ああ。これ」
「は?なにこれ」
「俗に言う、第二ボタンだ」
「はあ?そんなの僕にどうしろと……」
「受け取ってくれ」
「なんで?」
「そりゃあ、六が出たからな」
そう言って、彼は手の内でサイコロを転がした。 また、サイコロかよ!
卒業という最後にまで、彼は抜かりなく、サイコロで決めたようだ。
しかもなんで、男である僕に、第二ボタンなんてあげるんだ。理解できない彼の行動に、僕の中のイライラは募るばかりだ。
「僕じゃなくても、女の子で六って子いなかった?」
「あー、クラスメイトの廿六木常子(とどろきつねこ)か?」
「そう!いるじゃん、六!」
「そうか、いたな」
「でしょ!だから……」
「いや、オレは、六と言ったらお前しか思いつかなくてな、頭取弥勒」
初めて、鳥飼宰人に名前を呼ばれた。
彼に名前を呼ばれただけなのに、何だか頬が上気してしまう。
自分のことを”ロク”という数字ではなく、ちゃんと名前を知っていてくれたことが嬉しかった。それでも、まだ彼が僕に第二ボタンをあげるということがおかしくて、貰ったボタンをまじまじと凝視する。
いつの間にか彼が目の前に詰め寄って来た。僕より少し背の高い彼を見上げる。そして、手が伸びたかと思えば、ばっと瞬時に僕の胸元にあった第二ボタンが奪われた。
「なっ、返せよ」
「オレのそれをあげる。だから、これは、オレがもらっていく」
「意味わかんないよ」
「なら、これで、分かるか?」
鳥飼宰人は、僕から奪ったボタンに小さなキスを落とした。
僕の全身からさっと血の気が引いた。
「そ、それって……」
「掃除当番の日にお前の傍に寄ったら、いい匂いがしてな。それが忘れられなくって、いつの間にかオレは、六番が気になるようになって」
「ま、待ってくれ。それじゃあ、お前は僕のこと……」
「ふっ、オレの中の六はお前だから」
「それも意味わかんない。てか、一番じゃないんかい!」
「一番がいいなら、これからは六だけをサイコロで出すから」
「そこでも、サイコロかい!」
「……それで、返事は?」
「返事って言われても……」
僕は突然の彼の告白に頭がついていかなかった。
男同士で好きって、いうことに免疫がない僕は、どう返したらいいか分からないでいた。
「高校最後に、良い思い出ができた」
そう言われて、はっと気づいた。そうか、もう鳥飼宰人と出会うこともなくなるのか。そう思うと、何だか寂しいような残念なような気持ちが沸いてきた。
彼は、せめて最後の思い出に僕に自分の第二ボタンをあげて、僕の第二ボタンを貰って行こうとしているのか。
じっと鳥飼宰人に見つめられる。僕は彼の黒い瞳から抜け出せないでいた。間近にせまる顔から、瞳から、唇から引き寄せられるようにソレは僕のソレと自然と重なった。
「嫌だったら、逃げればよかったものの……」
「そ、そんなこと言ったって……」
時は既に遅しだった。いつの間にか僕の唇は鳥飼宰人に口付けられていた。
だから、逃げるとかそんなこと考える間もなかった。
そして、キスされて、初めて、僕も鳥飼宰人のことが好きだってことにやっと気づいた。
鳥飼宰人の腕の中に収められる。ぎゅっと抱きしめられる腕に僕は縋りついた。
「これから、連絡するからな」
「うん……また、それもサイコロで決めるの?」
「まあ、そうなるかな」
「もう、このサイコロ人間」
僕らは、祝福されるかのように温かい日差しが入ってきた教室で、お互いともなく唇を合わせた。
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