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僕の後輩

卒業式を1週間後に控えた今、僕は馴染みのある生徒会室で作文用紙とにらめっこをしている後輩を眺めていた。 少し開いた窓からすっかり暖かくなった風が頬を撫で、目頭を熱くさせる。 思わず鼻をすすり、目を擦る。 「先輩、泣いてるんですか?」 用紙から目を上げ振り向いた後輩に顔を見せまいと、必死に手で隠す。 「違う違う!花粉症だから!気にしないで!」 慌てて涙を拭い、隠すために前に出した手のひらを上に向けると、椅子を引きずる音の後に、フワッと薄い紙が手のひらを擽る。 「ありがとう」 一言言って垂れてきた鼻を強くかむ。 「先輩は毎年花粉に弱いですよね。確か去年もマスクしてましたし、箱ティッシュ持ち歩いてましたよね。今年はマスクしないんですか?」 あぁ〜、と目をゆっくり開く。 「マスク使いすぎてストック切れたん・・・だ、けど、司?どうかした?」 目に飛び込んだ後輩は、体は僕の方を向いていたものの、顔だけは窓の方を向いていた。 ――僕といる時には見せない表情で。 僕が知る限り、この顔をさせる人はこの学校でただ1人。 風に揺れる前髪が、彼の憂いを帯びた顔をより一層儚く見せ、美しい、とまで思った。 こちらの視線に気付いた彼が慌てて首を向けた。 「すみません!何でしたっけ?」 「あ、いや、いいんだ」 「そうですか?あ、先輩花粉辛いですよね。気付かなくてすみません。窓閉めますね」 そう言うと開いていた窓を閉めた。 花粉症が辛いのは半分当たっていた僕は目薬をさそうと鞄を漁る。 目薬をさし終えて窓の方に目を向けると、窓は閉めたものの彼はまだ窓の外を見ていた。 しばらく見ていると、微笑み出し、軽く手を振った。 (なんだ、今のは) そっと後に近づき窓の外、斜め下方向の部屋を見る。 案の定、手を振っている人間がいた。 あの場所は保健室。白衣を着て手を振っているのはこの学校の、「」。 僕の後輩は保健室の先生に恋をしている。 「佐藤先生、そんなにいい?」 顔を覗かせていた僕に驚いて彼は軽く仰け反った。 「なっ!なっ!何言ってるんですか!?い、いいってどういう・・・!」 真っ赤にした顔を、握った手の甲を自分に向けて隠す仕草はいつ見ても可愛い。 「好きなんでしょ?先生のコト」 「・・・何で知ってるんですか?」 「やっぱりね。先生を見る司を見てれば誰だってわかるよ」 「そんな顔してました?」 「してた」 「違います違います!やめてくださいよ!」 なにそれ、と窓際で突っ伏して顔を覆う時には既に耳まで赤くなっていた。 気付くと僕は、彼の熟れた果実のような耳をつまんでいた。 「・・・からかってます?」 「まさか!」 僕はパッと手を離した。 「別にいいんですよ。どうせこの想いは叶いませんし、伝えるつもりは無いのでどう思っていただいても構いませんよ」 彼は半分だけ顔を上げた。見られたくないようだから、と僕も窓に背を向けてへりにもたれる。 「それでいいのか?」 「いいんです。先輩はそういう経験、ありません?俺のは普通と違うっていうのはありますけど、その、みたいな」 「・・・あるよ。今現在、悩みの種の1つだよ」 「先輩、俺そんな話聞いたことないですよ!この学校の人ですか?同じクラス?学年?それとも後輩ですか!?」 「ちょ、いっぺんに訊きすぎ!けど、後輩」 「へー!」 食い付いてきて顔を上げた彼は今日の中で一番の笑顔で目を輝かせていた。 「それ、俺の知ってる人ですか?」 「あー、まあ、知ってるかな」 「そうなんですか!教えてくれれば取り持ったりしたのに!先輩も水臭いですねぇ」 「そうもいかないんだよ。だって・・・」 お前だし、という言葉はギリギリ飲み込んだ。 「だって、なんですか?」 「何でもないよ!それより、さっき読んでたのって、送辞?」 「そうですよ」 彼は最初に座っていた席まで戻ると、作文用紙を1枚手にした。 「これ、先輩の卒業式で読むんですよ?半年前先輩から生徒会を引き継いで、俺、必死だったんです。でも先輩、自分の受験もあるのにたまにここに来て手伝ってくれたじゃないですか。本当に嬉しかったんです。なので、その感謝とか諸々込めて、読ませていただきますね!」 そう言って笑った彼の目は潤んでいて、僕の方が泣き出してしまいそうだった。

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