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第1話 春の嵐(1)

 風が吹くと、まだ少しひんやりとする三月の始め。桜の蕾はまだ膨らんでもいない。この時期にしては穏やかな日差しの中、先輩たちが卒業式を終えて学校を出ていく。 「これでお役御免だね」 「要くん、またね」  俺の彼女役?を一年間務めてくれた、一宮遥先輩と、朝倉遼子先輩が、花束を抱えながら、清々しい笑顔を残して、俺の目の前を去って行った。  やっと、解放された。  それが、今の俺の正直な気持ち。  柊翔が卒業間際に、当時、俺がバイトしてたステーキハウスの娘さんだった境先輩に、俺たちのことをバラすというような脅迫めいたことを言われたらしい。その時から、一宮先輩と朝倉先輩が俺の彼女、というのを演じてきた。  実際は、彼女というよりも、完全に俺が弄ばれてる状態だった気がする。昼は一緒に弁当を食べたり、二人が剣道部を引退してからは、帰りも一緒に帰ったりした。  先輩たちは校内でも美人なほうだったし、普通に人気があった。だけど、一宮先輩と朝倉先輩はデキてたから、今思えば、俺の存在はある意味、余計な虫が近寄らなくていい、っていうのもあったのかもしれない。いつの間にかに、周囲からは、この三人の組み合わせが普通の状態、と認識されていた。  結局、脅迫してた境先輩も、口だけで何もしてこなかった。本当に何かされても、困るには困るが、何事もなく、彼女も卒業していった。 「要~、飯でも食って帰るか?」 「何か予定、ある?」  一年の時からつるんでいる京橋康寛、こと、ヤスと、その彼女の佐合茜、こと、佐合さんが、二人そろって声をかけてきた。一年の頃は俺と同じくらいの身長だったヤス。あれからあまり身長が伸びなかったヤスは、今では、俺の方が少しばかり見下ろす感じになっている。一方の佐合さん。恋すると綺麗になる、っていうのは本当だな、と思うくらいに、一年の頃に比べると、だいぶ大人びて綺麗になったと思う。某海賊王の隣に並ぶ、ほんわか美人の組み合わせ。二人のギャップがありすぎだけど、もう見慣れている俺には、いつものこと。 「いや。ファミレスでも寄ってく?」 「いいねぇ」 「そういえば、デザートの新作が出たってSNSで流れてたよ」 「マジか。それ、どんなの?」  佐合さんは携帯を取り出して、デザートの画像を探し始め、その隣を歩くヤスが覗き込む。今日も、すっかりラブラブな二人に、俺の方があてられることになる。 「うお、でかくね?」 「でも、三人だったら食べられるでしょ。ね?要くん」 「ヤスが一人で食いきったりしてな」 「確かに。俺なら食えるかも」 「どっちだよ」  テンション高めの俺たち三人は、そろって、駅近くのファミレスへと歩き出した。

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