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 窓の外はすっかり闇に包まれ、月明かりが煌めいている。  無駄に清掃の行き届いたピカピカの廊下に足音が重なった。 「白ちゃんはっけーん」 「ふおっ……!」 「あはっ、変な声」  突然聞こえてきたハイテンションな低音ボイス。  思わぬ不意打ちにスマホをいじりながら歩いていた紅葉は肩を大きくびくつかせて後ろを振り向いた。  思わず飛び出した変な声に口元を抑える。 「……び、っくりしたぁー。ちょっと、脅かさないでよ神原(かんばら)さぁーん」 「ゴメンゴメン。白ちゃんが見えたから、つい」  振り返った先にいたのは風紀委員会の長を務める三年の神原風璃(かんばらかざり)。  赤いメッシュの入った真っ白い髪に、赤茶色の不思議な光彩をした瞳の長身美男子だ。  風紀委員長だというのに制服はこれ以上ないほどに着崩され、装飾品が歩くたびにじゃらじゃらと音を立てる。学園の誰よりもチャラいこの先輩が風紀委員長だとは誰も考えないだろう。 「失礼なこと考えてなーい?」 「まっさかぁ。いつもながら神原さんはかっこいいなーって思ってただけですよぉ」 「俺がカッコイいのは当たり前でしょー」  思考が筒抜けなのでは、とたま思ってしまうが仕方ない。  おちゃらけた性格と容姿からは考えられないほどに神原は勘が鋭い。シックスセンスが発達しすぎて怖すぎるくらい。 「で、白ちゃんはこんな遅くまで何してたの?」 「作業してたらこんな時間になっちゃったんです。ひっどくなぁい? みんなして僕に仕事押し付けてさぁー」 「へぇ? それじゃあ手に持ってるのはお持ち帰りのお仕事?」 「そーでーす」  ふわり、と長い足で合間を詰めてきた神原の白い髪が揺れた。  光加減によって銀にも見えるその色は以前ノリで脱色したのだと言っていた。ちなみに目の方は自前だとか。母方の祖母がイギリス人らしく、その血が色濃く出た結果らしい。  以前髪を触らせてもらったが意外とさらさらしていて驚いたのは秘密だ。 「手伝ってあげよっか?」 「え?」  唐突過ぎる申し出にきょとんとした。  マイペースというかフリーダムというか、自由を擬人化したような神原の行動は予測できない。だからこそ、自由人の集まりと言っても過言ではない風紀委員会をまとめあげられるのだろう。  風紀委員会。学園内で起こる犯罪や校則に反する行為をする生徒を処罰する別名・鬼畜集団――と生徒たちは認識している。 「面倒くさいこと、嫌いじゃなかったですかー?」 「そーだよ。でも白ちゃん困ってるでしょ。他のメンバーが仕事しないから」 「……」  なんだか、裏がありそうで怖い。  あとから見返りを求められたらたまったもんじゃない。  周知の事実であるが、風紀委員長と生徒会長の仲は最悪とも言っていいほど険悪だ。長たちが影響してか、生徒会役員と風紀委員の仲も良いとは言えない。  生徒会に属する紅葉と風紀委員会の長たる神原が会話をすること自体、本来なら考えられないのだが、入学当初に知り合って何がなんだかずるずると付き合い、生徒会に入ってからは書類を届けたりした結果、神原は勿論他の委員にも唯一気に入られている生徒会役員となってしまった。嬉しいやらなにやら、事情も相まって複雑である。  しかしながら、いくら気に入られていたとしても、無償で手伝ってくれるほど風紀委員会も暇ではないはずだが。主に今現在学園を荒らして回っている季節はずれの嵐のせいで。 「んー……まだ大丈夫ですよぉ」 「……まだ、ね。ま、ホントに困ったときは手伝ってあげるから声かけてね。生徒会はキライだけど白ちゃんの頼みなら聞いてあげるからさ」 「あはは、仲悪いですもんねぇ、会長と」 「だって生意気なんだもーん」  神原を一方的に毛嫌いする生徒会長と、二年の癖に会長とか生意気ダゾ! のテンションで絡みに行っては嫌がる会長を見て面白がる神原の悪循環な図が展開されている。  生徒会長と風紀委員長が鉢合わせしたときのテンプレだ。巻き込まれないように半径二メートルは離れておこう。自衛は基本である。 「巡回ついでに寮まで送ってあげる」 「え? 悪いですよ、っていうかまだ仕事なんじゃないんですかぁ?」 「仕事なんてないよーん。みんなしっかりちゃっかりしてるから残業なんてしたくないみたいで、時間配分ちゃんとやって仕事終わらせて帰るんだよなー」  生徒会とはなんて大違い!  軽く感動しながら、どうして生徒会に入ってしまったのか今更ながら疑問に思った。 「じゃあ、神原さんは今まで何やってたんですー?」 「びっくりだよね、昼寝してたら外が真っ暗!」  誰も起こしてくれなかったのね。  学園最恐と恐れられているのにそんな扱いでいいのか風紀委員会。 「だから俺も巡回しながら帰ろーとしてたのよん。そしたら前を白ちゃんが歩いてたから声かけただけな」 「ふぅん。なら一緒帰りましょーよ。巡回っても散歩みたいなものでしょ?」 「ふふ、そのとーり」  シニカルな笑いを浮かべて隣に並んだ神原に不覚にも心が折れそうになった。  一年しか違わないというのにどうして背丈がこんなにも違うのだ。高校二年生男児の平均身長よりはある紅葉だが、神原はそれ以上に背が高い。 「相変わらず白ちゃん小さーい」  無情にも、ガラス製のハートはたった一言で粉々になった。  他愛もない話題に花を咲かせながら寮への帰路を辿る。  正直、生徒会室のある特別校舎から寮までの道は程遠く、ひとりで帰るには心細いと思っていたのだ。クラスメイトにはよく淡白だと言われるが、中身はそんなことない。意外と寂しがり屋だったりする。 「へぇ、風紀も大変ですねぇ」 「なんで強姦なんかするのかねぃ……合意の方が気持ちいいに決まってんじゃん。白ちゃんもそう思うよね」 「あ、あはは」  ねー、と言われても苦笑しか返せない。  どんな話題だよと言いたいが、強姦は学園内で一番深刻化してきている問題である。  幼稚舎から大学部まであるエスカレーター式の全寮制男子校。資産家や著名人のご子息が通う無駄に金のかかったマンモス校・綾瀬川学園。  都内の人里離れた山奥にある閉鎖的な学園であるために、通う生徒たちが退屈しないようにとオーダーメイドも取り扱う服飾店やビリヤードにダーツなどと言った娯楽施設も充実している。食堂は高級レストラン並み、生徒寮は三ツ星ホテルさながらの設備。  偏差値も高く、指折りの進学校に数えられている。学園に籍を置いているだけでもステータスになるのだ。  :‐ーだが、いくら金持ちの子どもだからといって性欲がないわけではない。男しかいない、しかも物心つく頃から閉鎖的空間で生活をしてきて、いつまでも我満できるわけなく、身近なところで性欲を発散させようと生徒の五割がホモ、三割がバイ、二割ノンケという恐ろしい現状になってしまっている。  親からしてみれば年頃になり、どこぞの女と関わりを持たせる前に閉じ込めてしまえという魂胆なのだろうが、深く考えればどうなるかなんて見越せただろう。  行為をするにあたって合意ならばいい。しかし、たまになんてことはなく、頻繁に学園内では発生しているのだ。強姦が。 「白ちゃんも気をつけるんだよ?」 「ん?」 「どっちのランキングも五位でしょーが」 「あー……まぁ、だいじょーぶでしょ。てか、なんで僕抱きたい抱かれたいにランクインしてんのさ」  そしてそれを焚きつけるかのように存在する学園人気ランキング。生徒会役員選挙の裏側にある隠されたランキングだ。  娯楽の一つと称し、年に二度、新聞部によって総計が出される『抱きたい抱かれたいランキング』。  実際にそんなものがあると知ったときは呆れてしまった。同じく外部から入学したクラスメイトの友人は「理想の王道学園だ!」とか言っていたが正直意味がわからない。  そして不本意ながらも、紅葉はどちらのランキングも十位以内に入っている。自分の容姿はよく理解しているが、まさか五位以内に入るとは思わなんだ。  だが抱く抱かれる以前に、ノンケだと主張したい。声を大きくして主張したい。 「んー……大丈夫だと思いますけどねぇ。生徒会役員を襲う馬鹿はいないっしょー」 「白ちゃん、自分の容姿ちゃんとわかってる?」 「わかってますけど。だから解せないんですよぉー。百八十センチ近い男誰も襲いませんって。つーか、なんで僕が襲われる前提なんですかー」 「だって白ちゃん、身長あるけど細いし色白いし? タッパあるように見えて意外と華奢だし。もし襲うような輩がいたら俺が絞めとくからネ。白ちゃん喧嘩とかできなさそうだし、守りがいありそう」  語尾に星でもつきそうなテンションの神原に苦笑した。守りがいってなんだ守りがいって。  確かに喧嘩はからっきしだし、万が一、襲われるなんてことがあったらお言葉に甘えて是非守ってもらおう。頼りにしてます、なんて笑いながら言えば頭を撫でられた。  :‐ーとは言っても、紅葉の親衛隊は小柄で可愛い雰囲気の少年たちばかりだ。たまにゴツイ生徒もいるが、親衛隊隊長がしっかりと隊をまとめ、数ある親衛隊の中でも穏健派の代表とされている。 『親衛隊』とは、ランキング上位生徒のほとんどに設立されているある意味アイドルのファンクラブのような団体だ。憧れの、大好きな彼を眺めたい、お近づきになりたい、彼のことをもっと知りたい! その裏で親衛対象の生徒が襲われたりしないように、学園生活を平和に過ごせるようにをモットーに活動している親衛隊だが、その規律は各々で少しずつ違ってくる。 「そういえばなんだけど、新歓の案ってできてる? まだこっちに来てないんだけどさ」 「え」  新学期が始まって二週間。さらに二週間後、四月の末には新入生歓迎会が行われる手筈となっていた。企画原案は庶務の一年生に任せられた仕事のはずではなかっただろうか。  まさか、と顔色を青ざめた紅葉はバッグの中に詰め込まれた大量の書類から新歓の企画書を探し出す。  さして時間もかからずに見つかった企画書に目を輝かせるが、何も書かれていない真っ白な状態のそれに絶句した。

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