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開会式も終わり、ゲーム開始合図すぐに飛び出していったウサギたちと、その十分後にウサギを捕まえるべく出発していったオオカミたちを見送った運営側生徒はガランとした講堂内に一息吐いていた。
ゲーム時間内の見回りをする風紀委員会と体育委員会は見回り組と待機組に分かれてすでに活動を開始している。
生徒会の唯一の一年生・新田はすでにこの場を去り、風紀と体育の待機組、生徒会の三人と一澄だけが残っている状態だ。
「終了時間の一時間前には戻ってくればいいんですね」
「そうしてくれると助かるなぁ」
「わかりました」
少し大きめなジャージの裾をいじっていた紅葉に、資料を見ながら確認した宮代は自己完結でもしたのかひとつ頷くとサッサと歩き出した。
少し早歩きなところ急ぎの用でもあるのだろう。もしかしたら、日之を探しに行くのかもしれない。
「ゆ――……宮代」
何か言いかけた神宮寺は苦い表情で言い直し、資料を持っていない方の手で宮代の腕を掴み引き止めた。
「どこ行くんだよ」
険を含んだ眼差しに緊張が走る。
「どこって、太陽のところですよ。元気溌剌で活発な子ですから怪我でもしていそうで心配ですし……なによりも大切な人は自分で捕まえたい、そうは思いませんか? あなたは」
「……どうだろうな」
「そうですか。あなたは……太陽のところへ行かないんですか?」
意味深な響きを持つ言葉をどう受け止めたのか、舌を鳴らした神宮寺は何を言うでもなく講堂を出て行ってしまう。
苛立ちの表情を隠そうとせず、どこかに冷静さを置いてきてしまったような神宮寺の背中を、色のない瞳で宮代は見つめていた。
「まさに不穏」
「ですねぇ。会長も副会長も何考えているんだか」
誰にでも優しい宮代と、誰にも優しくない神宮寺だからこそかみ合っていたとも言える歯車は、遅れてやってきた編入生によって綻びが生じている。
生徒たちはその綻びに気づかないほど馬鹿じゃない。立ち上る違和感に気づいて、ひっそりと影で行動し始めている。
日之とはまた別の厄介事が絡んでいる、そんな気がしてならない。
一足遅れながらもバトルロワイヤル、通称・バトロワに参加すべく講堂から出た紅葉は、一澄と別れて校舎裏に広がる森林公園を歩いていた。
山ひとつが敷地の綾瀬川学園は校舎や校庭などひとつひとつが大きく、森林公園や噴水などがいくつも存在する。
追いかけるだけの紅葉はもともと真面目に参加しようと思っておらず、お気に入りの場所で時間を潰そうと考えていたところだ。
「白乃瀬君!」と呼び止める聞き慣れたソプラノボイスに足を止めた。
ふわふわした茶髪に大きな瞳の少女のような容姿の生徒、会計親衛隊隊長を務める水嶋優嬉 に頬を緩めた。紅葉よりも小さい身長に愛らしい(男に愛らしいと言うのもなんだが)容姿をした水嶋だが、れっきとした三年生。
よく人気のある生徒とその親衛隊は仲が悪い(親衛対象の生徒が一方的に親衛隊を嫌っている)と認識されてるが、事実そんなことはなく各々で様々な関係を築き上げている。
紅葉であれば、たまにお茶会を開いたり休み時間の合間に会話をしたり、親衛隊と良好な関係を保っている。もちろん、下半身な関係もなく、至って健全で普通の友人関係だ。
「水嶋先輩どうしたんですかぁ?」
「白乃瀬君に用がなきゃ、話しかけちゃダメなの?」
「そういうわけじゃないですけどぉ……ほら、今ゲーム中だし」
「ゲームよりも白乃瀬君とお話しがしたい」と言う水嶋に毒気を抜かれ、へにゃっとした笑みを浮かべて首を縦に振った。
時々すれ違う生徒に頑張れと言葉をかけて手を振れば顔を真っ赤にし、次いで隣の水嶋に視線を移して青ざめ走り去っていくチワワたち。
チワワとは言いつつもれっきとした男。身長は男子平均よりも小さいくらいで女の子みたいに化粧をしている子も二割ほどいて、街中にいるゴリラみたいなギャルよりも女の子女の子していて可愛らしい。
好きな相手(男)に振り向いてもらおうと、せっせと一生懸命自分を着飾るその姿は性別を抜きにすればノンケから見ても健気でとても可愛らしくて、戯れのひとつで試しに『チワワちゃん』と呼んでみれば彼らはいたく気に入った様子だった。「もっと呼んでもっと呼んで」と言う様は小さい弟ができたような感覚になる。
水嶋はと言えば確かに可愛い系統の生徒なのだが、普通のチワワとは少し違った空気をまとっている。チワワはチワワなのだが、腹の中に蛇を飼っているボスチワワ、とでも言おうか。チワワがゲシュタルト崩壊。
「白乃瀬君、どうしたの?」
のぞき込まれた瞳に、考えていることを見透かされたのかと思い息を飲んだ。
「僕の顔見つめちゃって。もしかして惚れた? それならそれで僕は万々歳なんだけど」
「惚れてないんで安心してくださぁい」
にやりと目を細めて笑う水嶋に冷や汗をかきながら否定をする。
「白乃瀬君はきっぱり言うね。博愛主義でチャラいんならそこは嘘でも『惚れちゃった』て言わなきゃ」
「どーせキャラ作りですからいんですよぉーだ」
魅惑の生徒会会計様は平等に愛を振りまく博愛主義者。親衛隊はみんな彼のセックスフレンド。浅く広く、来る者拒まず去る者追わず。柔和な微笑で包み込み、恋人かと錯覚させるような優しく甘い一時を与えてくれる会計様……だなんて誰が言ったのか。
好き勝手にねつ造され広がっている噂を思い出して溜め息をついた。
実際の白乃瀬は平等に優しくなんてないし、浅く広くの交友よりも狭く深くの交友関係を求めている。
今の白乃瀬が出来上がるのにはそれもこれも他校に通う親友――神原の弟に「このままだと食われるぞ」なんて言われたのが関係していた。正直その当時は食われるの意味もわからなかったが、今ではキャラ作りに協力してくれた親友に激しく感謝している。
「キャラブレしすぎちゃっても知らないよ」
「別にいいですって。このキャラは使いやすいし楽しいけど、すごい迫られた時とか大変なんですよぉ? 僕が誰でも抱くなんて誰が言ったんですかねぇー」
「あ、ごめん僕だ」
「あんたかよ!」
親衛隊なんじゃないの! と憤れば苦笑しながら謝ってくる。
「そういえば、白乃瀬君はゲームに参加しなくていいの?」
「それ先輩が言っちゃいます?」
「だって僕は一般生徒だけど白乃瀬君は役持ちじゃない」
一般生徒は一般生徒でもランキング上位者じゃないか。
「走るの嫌いだし」
「でも、逃げなくていいの?」
「……え?」
心配そうにこちらを見てくる水嶋にキョトンとした。
逃げるのはウサギ役の新入生で、僕には関係ない、はず、なのだがいやぁな予感がビンビンする。
「理事長が面白そうだからって、『オオカミの皮を被ったヒツジ役』を増やしたんだよ」
「オオカミの皮を被った、ヒツジ役?」
「うん。ウサギからもオオカミからも狙われちゃう不憫な役」
「……」
引き攣る頬に無理やり笑みを浮かべながら、心配そうな表情を崩さない水嶋からゆっくりと距離を取った。
「因みに聞きますけどぉ、誰がヒツジ?」
「理事長、生徒の名前は言わなかったの。でもすぐにわかるって。いーっつもみんなの前に立って先導してくれる、役付きの生徒だって」
言われた瞬間、走り出した。
運動できないのは全校生徒が知っている。だが、運動音痴で体力もないけれど瞬発力だけはあることを知る者は少ない。
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