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 グンと水嶋と離れて森林公園の獣道を突き進み、ガクガク悲鳴を上げる膝に足を緩めた紅葉はその場に尻餅をついた。 「……っはぁ……なんでっ走んなきゃっいけないのっ……!」  逃げ回っている内に追いかけてくる人数が増えて逃げ切るのも辛くなってきた頃、めったに人の訪れない、秘密の場所に身を潜めていた。 「はぁ……」  体力はとっくに底をつき、追いかけられても逃げるどころか立ち上がることすらできない。持久走でもしたあとのような感覚に、来年の新入生歓迎会は絶対立食パーティーで押し通そうと密かに決意した。  座った瞬間に膝が崩れ落ち、ふくらはぎが痙攣するまで走るなんて二度と経験したくない。  適当な誰かに捕まって早々に戦線離脱しようとしていた紅葉だったが、クラスメイトにされた忠告を思い出してすぐにその考えを打ち消した。  冗談と戯言ばかりで気持ち悪い笑顔を浮かべているばかりのクラスメイトが真顔になれることにまず驚き、その口から吐き出される言葉の数々には気が遠くなるかと思った。 「捕まったら後ろの穴的な意味で終わりだ思え」  高い身長や女子ウケする柔らかい微笑がネコに人気のある紅葉だが、ここ最近生徒会の仕事に追われて疲れも取れない日々が続いていたせいか、表情が翳りを帯びてふとした時の色気が凄まじいのだという。それもタチネコノンケ関係なく息子さんがこんにちはしそうになるくらいとかなんとか。  まだ表立って現れてはいないが、確実にタチからの人気も上がってきている。  疑いの目で見ていたら腐男子の情報網を舐めるなとのたまわれてしまった。次の抱きたいランキングでは確実に順位が上がっていると白金は見ている。  このゲーム時間内を生き延びたいなら汗をかくなと言われたが、それは無茶な注文と言うもの。生理現象を意図的に抑えることなんてできるわけがなく、今現在も全力疾走したあとであるために汗で体がベタベタだ。  頬も熱く火照り、息も荒い。見るものが見たら理性なんてプッツンしてしまう。 「さっさと終われし……」  喉渇いた、ポツリと呟かれた言葉が落ちた。  追いかけてきているのが小柄な生徒だけならここまで必死になることはなかった。  しかしそれに混ざって紅葉よりも体格のいい運動部の生徒がいた。親衛隊のような熱の篭った甘い視線なんてものじゃなく、ギラギラと欲望に染まった目と視線があってしまった時は鳥肌が立った。必死になるしかなかったんだ。明らかに彼らは、自分を性的処理対象として見ている。捕まったら確実に危ない。  特殊な性癖でもない限りタチであろう彼らに捕まるのなんてゴメンだ。  くすぶる苛立ちに舌を打ち、乱れた息を整える。  火照る頬に走って乱れた髪を撫で付けて直しながら、うなじにかかる後ろ髪が邪魔だなぁと文句を垂れながら時計で時間を確認する。  ゲーム開始は午前九時から、終了時間は午後の四時。十二時から一時間お昼休憩を取り、午後の部の再開となっている。  予定では落ち着けそうな場所で読書でもして時間を潰そうと考えていたのに『理事長のおちゃめ』で台無しだ。  おちゃめが本当かどうか確かめるのは容易いが、水嶋の様子からきっと本当のことなのだろう。理事長は気まぐれだし、何より水嶋は冗談は言っても嘘は言わない性質だ。  生徒会で運動が得意なのは神宮寺に新田。宮代が汗をかいて一生懸命走っている姿なんて想像できない。  ぼんやりのんびりとしている新田だが警戒心も観察眼も十分なあの後輩は着々とカードを集めているに違いないだろう。もしかしたらトップの点数を叩き出すんじゃないかと密かに期待していたりする。後輩の活躍を考えれば少し楽しくなった。子供を自慢する親の気持ちだ。  会議のときに運動は大嫌いだとぶつくさ言っていた舞南や面倒事が大嫌いな保村は逃げることもせず自分から捕まりにいって自由な時間を過ごしていそうだが、保村に限っては一澄を捕まえようと躍起になっているかもしれない。  弓道部部長たる一澄がそう簡単に捕まるとは考えれないが。  ほんの少しだけ体力も回復した紅葉はぐうと腹から間抜けな音がきたことに小さく唸った。 (朝ご飯食べときゃよかった)  どうぜサボるつもりだからといつもどおり朝食を抜いたのが仇になった。走り回ったのも相まってか腹は空腹を訴える。  あと十数分逃げ切れば昼休憩だ。そしたら誰か誘って食堂にでも向かおう。

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