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「しーらのせっ」
ふーっと耳元に息を吹きかけながら聞こえた声に逆毛を立てながら慌てて距離を取ろうと、人形みたいに美しい青年がいた。後ろには苦笑する神原が見える。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「白乃瀬、相変わらずイイ唇してるね」
「こっち来んな変態ぃ!」
ぐわしっ! と肩を掴んで美麗な顔を近づけてくるのはきたのは風紀副委員長の青空朔 。朔と書いて『のり』と読むこの男、唇フェチのド変態にして紅葉の天敵である。
キャラ崩れが激しい紅葉は必死にキスを迫ってくるド変態電波野郎を押し返しながら表情を歪め、心の中で助けを求めた。
やっと落ち着けると思ったのに!
過去に一度だけ、土下座でもしそうな勢いで「どうしても! どうしても!!」というのでキスをしたことがある。なんていうか、すごくうまかった。ディープキスとかではなく、ただ触れているだけなのに変な気持ちになってきたのは紅葉の中で忘れがたい出来事のひとつに分類されている。
ファンの生徒なら嫌がるどころか自分から喜んで唇を差し出しにいくのだろう。顔だけなら男前でカッコイい部類の青空はランキング上位者でありながら風紀委員という理由で親衛隊を持っていない。サラサラの黒髪に外国チックな蒼目が素敵! と生徒たちから熱い視線を送られているらしい。心底どうでもいいこの情報はクラスメイトからだ。
「三回でいいからキスさせて」
「一回じゃなくて三回ってところが図太いよね!!」
「ね、いいだろ? 夢、見させてあげるからさ」
「神原さん! あんたの後輩でしょ! 見てないでなんとかしてよ!」
「えー。だって暴走した朔君めんどくさいんだよ。一回ちゅーされちゃったら白ちゃん? あとで俺が消毒してあげるからさ」
ふざけんな! と必死に肩を押し返していたら、お互いの足がもつれて後ろに倒れこんでしまった。
顔面からぶつかりそうになり、ギュッと目をつむったが覚悟した衝撃はいつまでたってもこなかった。恐る恐る目を開けてみれば、黒いジャージと石鹸の匂いが鼻を掠める。
「……は?」
背中に回された腕の中でぽかんとした。
地面に激突する直前で抱きしめられたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁキタァァァァァァァァァァァァ!! まさかの伏線! 電波不思議系風紀副委員長×チャラ男会計のフラグが立っているとは……! 唇フェチの副委員長の本命って白乃瀬だったとか! 天然ドS攻めと軟派タチだと勘違いしてる受けっ!! それを視姦するド級の鬼畜サディスト! なにこれ楽しい! あれなの? 会計総受けで委員長と副委員長が取り合う泥沼系昼ドラなの!? 個人的に取り合うより二人が協力して会計総受けで3Pとか!! うはっけしからんもっとヤれ! 道具有りの18禁……いや委員長がいるし20禁イキそう!! ぐっちゃぐちゃの泣き顔とか最高、情事後は気絶しちゃった会計を優しく介抱する、つもりで第二ラウンド開始ぃぃぃぃ!! ちょ、ビデオカメラ持参で鑑賞しにいっていいですかっ!!」
「白ちゃんの泣き顔は俺のものだからごめーん」
「はあ!?」
「白乃瀬はエロいから」
「しね! お前らまじ去ねや!」
バッとどこからともなく木の上から現れたいつにも増して暴走してるクラスメイト兼友人の白金里桜 は世間一般で腐男子と呼ばれる未知の種族に属している。
姉が腐女子で、洗脳されてしまいネタと自らの飢えを満たすためだけに学園に入学したアホだ。ちなみに、紅葉は腐女子という存在を知らないし、白金の言っていることの八割も理解できていない。
我が友人はどこまでも中身が外見を裏切っている。雰囲気が平凡っぽいと騙されるが、よくよく見れば可愛い系の美形さんなのだ。もったいない。心底もったいない。青空のことを電波と言うが、どんぐりの背比べだ。
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